蛭川研究室 断片的覚書

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慢性冬眠病? 当事者的考察

気分障害」は「症状」なのか「病気」なのか?

病的な過眠と倦怠感は幼少時からの持病だが、「○○病」という確定した診断は受けていない。はっきりした原因は不明だが、歳とともに悪化していくものではなさそうで、もちろん長く医者にも通っているが、完治させることもできないでいる。

欠勤せざるを得なくなったことは何度もあり、それは心苦しかった。おおよそ気分障害うつ病という診断書を出してもらっていたが、診断名が違うのは、診断の誤りではない。原因がよくわからないから、病名が特定できない。

気分障害」や「うつ病」は「精神疾患」に分類される。「精神疾患」には、「心が病んでいる」とか「気が狂っている」といった、ネガティブなイメージがある。こうしたステレオタイプは誤りである。人権上の配慮から不適切だという以前に、そもそも精神疾患とは何かがわかっていないのである。

むしろ積極的に「精神疾患」とは、精神的な症状を呈する可能性があり、かつ原因がわからない疾患という、消極的に定義された「症候群」の集まりだと言ったほうがいい。

うつ病」という言葉は、理解されやすくなり、だから、使いやすくなった、ともいえる。性格が暗いとか精神が病んでいるといった偏見が減り、むしろ「働きすぎて過労になってしまうぐらい真面目な人」だから「周囲の人が理解して、とにかく休ませてあげたほうがいい」という文脈で理解されるようになっている。

優秀な医師であれば「この人はうつ病だ」と書けば、それが「この人は仕事を休んだほうがいいし、この人は快復すればもっと真面目に働くだろう」というメッセージとして容易に理解されやすいことを知っている。

心因性・外因性・内因性

しかし、症状としての「抑うつ」と、疾患としての「うつ病」は、異なる概念である。仕事の失敗や家族の不幸などのストレスによっても「抑うつ」は起こるが、それは「心因性」の「抑うつ」であり、反応性であるから、「うつ病」という疾患ではない。

甲状腺ホルモンの変調でも「抑うつ」は起こるしウイルスに感染しても「抑うつ」は起こるが、これは「外因性」の「抑うつ」であり、「うつ病」という疾患ではない。認知症でも抑うつはみとめられるが、これは脳の器質性の抑うつである。

狭義の「うつ病」とは、「内因性」の「抑うつ」の背後にある疾患である。たとえば出産後にホルモンのバランスの崩れによって起こる内因性のうつ病は「産後うつ病」とも呼ばれる。秋が深まり日照時間が減ることによって起こる内因性のうつ病は「冬季うつ病」などと呼ばれる。

セロトニントランスポーター遺伝子の5-HTTLPR(serotonin-transporter-linked promoter region)のL(長い)に対し、S(短い)という変異が不安やうつという症状と関係しているということが知られている。

hirukawa-archive.hatenablog.jp

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セロトニントランスポーターにおけるセロトニンの再取り込みの過剰によって、シナプス間隙におけるセロトニン濃度を下げることで抑うつ症状を呈するという、いわば「セロトニントランスポーター機能昂進病」とでもいうべき遺伝的疾患を仮定することができ、それに対してSSRI選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が奏効する、という、単一遺伝子=単一神経疾患という理念型も考えることができる。

また逆に、内因性のうつ病だからといって「抑うつ」という症状ばかりが出てくるわけでもない。身体症状が多いこともある。

単極性と双極性

私が繰り返しているのは、厳密には、単極性うつ病ではない。少なくとも、心因性うつ病ではない。仕事は楽しくて有意義であり、さほどのストレスは感じていないし、メランコリー的で憂うつな性格でもない。生活上、困っているのは、精神的な悩みではなく、病的な倦怠感である。

病的な倦怠感が繰り返されるのは、単極性のうつ病ではなく、双極症のうつ状態ではないかと医師とは話をしている。単極性であれ双極性であれ、どちらであっても「気分障害」という診断名をつけておけば、あいまいではあるが、間違いではない。

とはいえ、自分は、気分や感情の浮き沈みに苦しんでいるわけではない。むしろ困っているのは身体的な倦怠感や眠気である。だから「気分障害」という診断名には違和感がある。

同じ「気分障害」でも、単極性の(典型的には心因性メランコリー親和型の)うつ病と、うつ状態躁状態を繰り返す双極症は、生物学的なメカニズムからして、別の病気だという解釈が主流になってきている。

同じような抑うつ症状を呈していても、単極性のうつ状態に対しては抗うつ薬(主にセロトニン系を活性化する)が、双極性のうつ状態に対しては抗てんかん薬(神経系の活動全般を抑制する)という、異なる薬剤が奏効するというのが、上記の仮説の生物学的な根拠である。つまり、双極症は、うつ病のような精神疾患よりも、てんかんに似た神経疾患であるという仮説である。

双極症は統合失調症とならんで遺伝率の高い、つまり神経疾患である可能性の高い疾病であり、通文化的に有病率は1%と、大きく変わらない。いっぽう、うつ病は疾患というよりは「抑うつ」という症状を呈する「症候群」であり、だから操作的に診断すると文化によって罹患率が大きく異なってしまう[*1]

私じしんは、抗うつ薬を飲むとかえって具合が悪くなってしまうことが多い。そこで、さしあたりは双極症ということにして、抗てんかん薬を毎日服用しつづけている。

てんかん薬を双極症に処方するときには「気分安定薬」という名前で呼ぶこともある。これもおかしなことだが、かつて双極症は「躁うつ病」と呼ばれるのがふつうだった。気分や感情が上下する症状のほうに着目して病名を決めていたからである。

「双極症」という日本語からは「躁うつ病」という精神症状を指す言葉が消えてしまった。そこには、それが精神の病というよりは、神経系の活動が不安定で、興奮しすぎたり、鎮静しすぎたりするという、そういう神経疾患だという意味が込められている。神経系の活動の変化に応じて、副次的に気分や感情の変化という症状が出ることが多い、と解釈すると、私じしんには納得がいく。というのは、私じしんは気分や感情の上下よりも、眠気や倦怠感という身体的な症状のほうで困っているからである。

ナルコレプシーのような過眠症の可能性もあるし、子どものころにはてんかんに似たけいれん発作を起こしたことが何度かあった。検査したところ、てんかんに特有の脳波は認められなかったが、抗うつ薬よりは抗てんかん薬を服用したほうがよい病気なのだと考えたほうが、納得がいく。

冬眠病

睡眠と覚醒の概日周期は1日(ヒトの場合は平均で25時間だと言われる)だが、冬眠する動物は1年周期の睡眠サイクルを持っている。人間の脳にも冬眠サイクルの名残があるという。

うつ病」といっても内因性から心因性まで、複数の疾患の集合であり、その分類方法には諸説あって定まらないのが現状である(→「気分障害の亜型」)。秋から冬にかけて抑うつ状態(メランコリー)になり、春から夏にかけて快復する疾患を「冬季うつ病」や「季節性感情障害」という。私にもそういう体質がある。

冬季うつ病の典型的な症状は「非定型うつ病」である。一般的なうつ病においては、不眠と食欲不振という症状が起こるが、非定型うつ病では、過眠と過食、さらに鉛様麻痺(なまりようまひ:身体が鉛のように重くなる)という症状が起こる。これは、秋になって動物が栄養分を貯え、冬に冬眠に入るという行動を反映しているという(→過眠症と非定型うつ病については「過眠症」を参照のこと)。

私も時々この「非定型うつ病」に罹ることがあるが、なぜか、季節とはあまり関係がない。夏でも起こるし、熱帯でも起こる。現代の都市社会では、人工的な照明で夜でも明るく、冷暖房で冬は暖かく、夏は涼しくなり、昼夜や季節の変化を感じにくくなっているのも事実である。

概日リズム睡眠障害や冬季うつ病の物理的治療法としては、光療法がある。毎朝、朝食の時間に太陽光と同じ明るさの光を浴びる。私もこの方法を試したが、あまり効かなかった。光に反応する部位に障害があり、「今は冬だ」という状態が慢性的に続く病気なのかもしれない。

もちろん、日ごろの生活を整えることも重要なのだが、個人事業が主になってしまう文系の大学教授は、生活リズムを崩しやすい(→「カントの道徳律・フーコーの規律」)。緊急事態宣言下での引きこもり、孤立状況では心身の健康をかなり害した。その後、昼間は外出を心がけ、授業やゼミ、学会や研究会にも積極的に参加するように心がけている。

一般的なうつ病に対して、非定型うつ病では「気分反応性」が顕著である。気分反応性とはつまり、楽しいことがあれば楽しい気分になり、悲しいことがあれば悲しい気分になる、ということである。当たり前のことではあるが、一般的なうつ病では気分反応性が失われる。つまり、ふつうなら楽しいと感じられるはずのことが、楽しいと感じられなくなる、なぜか悲しい考えばかりが浮かんでくるのが、典型的なうつ病の症状である。

神経疾患

軽度の偏頭痛と、デジャブ・ジャメビュなど側頭葉てんかんににた症状も子供のころからあるが、生活上はあまり問題はない(→「てんかんと片頭痛による知覚・認知の変容」)

薬物療法

薬物療法としては、不眠には睡眠薬、過眠には中枢神経刺激薬が著効である。うつ病に対しては抗うつ薬が使われる(が、私にはあまり効かない)。

「非定型うつ病」の場合は、たとえば冬に悪化すると、夏には元気になりすぎて躁状態になるという波を繰り返すことも多い。この場合は、うつ病(単極性うつ病)ではなく、躁とうつを繰り返す躁うつ病(双極症)と診断され、治療には気分安定薬が使われる(が、私にはほとんど効かない)。

私も上記の薬を、様子を見ながら服用して症状を調節している。体質的な慢性病については、完治はありえないらしいので、生活習慣を気にしながら、養生を続けている。

ウイルス感染後遺症

SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)や近縁のSARS-CoV、MERSウイルスに感染し、発熱や咳などが治った後も、倦怠感や睡眠障害、ブレインフォグ(頭の中に霧がかかったようなボンヤリした状態)など、うつ病と似た症状が長く続くことが知られている[*2]。ウイルス感染をきっかけに脳でも炎症が起こり、その結果としてうつ病のような症状が出るという仮説もある。

(さらに詳しい神経科学な議論については、リンク先の記事をごらんください。)


CE2024/01/24 JST 作成
CE2024/03/16 JST 最終更新
蛭川立