蛭川研究室 断片的覚書

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セレンディピティとルネサンス

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

近年の脳神経科学の急速な進歩にもかかわらず、精神疾患の治療薬の開発は1950年代から1970年代にかけて盛んに行われた一方、その後はマイナーチェンジしか進んでいない。

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精神科治療薬だけではなく、薬の効能の発見はセレンディピティの連続である。

狭心症の治療薬として開発されたシルデナフィルを飲んだ男性被験者の勃起が止まらなくなり、それがバイアグラというヒット商品になったとか(しかし、シルデナフィル動脈硬化に対して有効である)、バイアグラが時差ボケを補正する作用が発見され、イグ・ノーベル賞をとったとか、どこまで冗談なのかよくわからない逸話は多々ある。

その点、SSRIは理論から演繹的に設計された薬剤である。うつ病セロトニンの不足だという過程から出発し、セロトニンの再取り込みを阻害に作用を絞り込んだ薬を作れば、副作用の少ない抗うつ薬ができるはずだという推論から合成された。

プロザック」の発売が1988年、日本でSSRIが認可されたのが1999年である。SSRIが「魔法の弾丸」として一世を風靡したのはアメリカで1990年代、日本では2000年代であった。

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SSRIの選択性はエスシタロプラムで完成した。

SSRIは確かに効く。ただし

  • 三分の二の患者にしか効かない
  • 飲み始めてから何週間も経たないと効かない
  • それだけの日数での寛解は、七割が自然治癒とプラセボ効果である

といった問題点が残された。

いっぽう日本の社会はうつ病ブームから発達障害ブームへと移行した。大きな物語と重い責任に押しつぶされるメランコリー親和型うつ病は減り、ポスト・モダンにおける責任感の低い「新型うつ病」が増加した。

漠然とした「生きづらさ」や「困り感」を主訴とする発達障害の流行へと変化していく中で、過眠症の治療薬だったメチルフェニデート抑うつ症状の薬としては引退し、大人のADHDの薬として復活した。


麻酔薬として使用されてきたケタミンに[SSRIでも治療できない治療抵抗性うつ病に対する]迅速な抗うつ作用があることが発見され、サイケデリック療法につながっているのだが、これも発見というよりは、セレンディピティ[*2] なのだろうか。

LSDにしても、もともとは陣痛促進剤として開発された薬を誤って吸い込んでしまったホフマン先生が予期せぬ神秘体験をしてしまったという、これもセレンディピティ以外の何物でもない。

サイケデリック文化の独立したパラダイム

この部分は切り出して別の記事「サイケデリック文化の独立したパラダイム」として独立させました。


CE2024/03/11 JST 作成
CE2024/03/18 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:「ポストモノアミン時代の精神薬理学