蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

蛭川研究室ブログ新館 断片的覚書


アカデメイアの跡地(ギリシアアテネ[*1]

蛭川研究室ブログ新館の、覚書の置場です。日々の雑感や、ちょっと考えたことを、書き留めています。

日付がつくので、日記のようでもありますが、とくに経時的に出来事を報告する日記ではありません。

学術的に意味のありそうなコンテンツについては、随時、加筆修正し、または別のページと統合して、「蛭川研究室新館」のほうに移動させています。移転した場合は、移転先へのリンクを張っています。

同じような内容が重複したり、ちょっとした間違いもあるかもしれませんが、ネット上の情報には遺伝情報と同じような冗長性があるのが面白いところだと考えています。



CE2019/04/21 JST 作成
CE2024/03/05 JST 最終更新
蛭川立

*1:

日本語の中のポリクロニック・タイム

hirukawa-notes.hatenablog.jp 承前。

日琉語におけるポリクロニック時間について、県民性をあらわす方言を列挙してほしいと何度もAIに質問した結果、以下のような回答が得られた。重複している部分が多いので、自力で要約してみたい。


●沖縄県:「うちなータイム」、ポジティブで大らかな「なんくるないさ(なんとかなるさ)」の精神 ●沖縄県:「なんくるないさ」精神「なんくるないさ(正しい道を歩んでいれば、なんとかなるさ)」。時間がルーズになりがちな「ウチナータイム(沖縄タイム)」:一族や仲間、地域をとても大切にする「いちゃりばちょーde(一度会えばみな兄弟)」の精神 ●沖縄県。うちなータイム: 時間に対して非常にルーズ。なんくるないさ: 「なんとかなるさ」という精神 ●沖縄県:「沖縄タイム」集合時間からゆったりと人が集まる ●沖縄県:「ウチナータイム」 ●沖縄県: 「テーゲー(たいがいに、適当に)」「なんくるないさ(何とかなるさ)」 ●沖縄県:「なんくるないさ」:相互扶助精神(ゆいまーる) ●沖縄県:「なんとかなるさ」を意味する「なんくるないさー」の精神。時間にルーズな「沖縄時間」 ●沖縄県:「ウチナータイム(沖縄時間)」 ●沖縄県:「テーゲー」「沖縄時間(ウチナータイム)」「なんくるないさ」「正しい行いをしていれば、自然と帳尻が合う(なんとかなる)」 ●沖縄県「なんくるないさ」「ゆいまーる(助け合い)」「いちゃりばちょーデー(一度会えばみな兄弟)」 ●沖縄県(助け合いの精神(ゆいまーる)「なんとかなるさ(なんくるないさ)」 ●沖縄県「沖縄タイム」「なんくるないさ(なんとかなるさ)」 ●沖縄県「沖縄タイム」。「なんくるないさ(なんとかなるさ)」 血縁や地域のつながり(ゆいまーる・門中)を何より大切にする ●愛媛県:「伊予の優柔」気質:のんびりしていておっちょこちょい ●高知県 :豪快で前向きな「いごっそう」何事も「まっこと(本当に)なんとかなる」 ●高知県:豪快で細かいことを気にしない ●高知県: 「まずは一緒に飲もう」という豪快で開放的な気風 ●高知県:「いごっそう」(頑固で一本気) ●鹿児島県:「薩摩時間」、大まかで豪快。「だいたいこのくらい」という目安 ●鹿児島県:薩摩時間(さつまじかん)豪快でお酒好き ●宮崎県:「ひなた」のような温かい気候の通り、おっとりとしていて物事をポジティブに捉える ●宮崎県:「日向(ひゅうが)かぼちゃ」(外見は地味だが中身がしっかり詰まっていて温かい) ●宮崎県:「日向(ひむか)人」は。「日本のひなた」と呼ばれる、南国のあたたかい気候に恵まれて育まれてきた。「てげてげ(適当に、ほどほどに)」:競争意識が低く、マイペース。時間をゆったり使う「日向(ひゅうが)時間」 ●宮崎県:のんびりした「日向(ひゅうが)かぼちゃ」気質。穏やかで温厚、競争を好まない ●宮崎県:人情味があり、おっとりとした「およし(お人好し)」な性格 ●宮崎県:てげてげ精神、のんびりしていて競争を好まない「日向(ひゅうが)時間」「てげてげ」(適当に、ほどほどに、そこそこに) ●宮崎県「てげてげ(適当、ほどほどに)」 ●宮崎県「いもがらぼくと」(外見は大柄だが、芯が柔らかくお人好し) ●宮崎県「いもがらぼくと(おとなしく素朴で、お人好しな性格) ●宮崎県「てげてげ(適当に、ほどほどに)」 ●宮崎県:のんびり・楽観的な「よだきんぼ」「よだきい」:「めんどくさい」「億劫だ」。「なんとかなるさ」という楽観主義(てげてげ精神) ←大分県:「よだきい」:合理的な割り切りが早いため、無駄だと感じたことに対して「投げやり・面倒」と感じてしまう ●長崎県(おもてなしの心) ●長崎県:開放的な気質 ●福岡県:博多時間(はかたじかん)、あえて遅れて行く習慣。 早く着きすぎると「準備中の主催者に気を遣わせてしまう」という、逆説的な気配り(優しさ) ●福岡県「博多時間」わざと少し遅れて行く「粋な配慮」 ●石川県は「おっとりしてのんき」 ●静岡県(中部) ●静岡県(特に中部):マイペースで穏やか ●千葉県:「マイペースで楽観主義」 ●北海道:「三日住めば皆、道産子(どさんこ)」よそ者を排除しない高い寛容性と、開放的な優しさ ●北海道:細かいルールにこだわらない開放的な気質

陰謀論の定量的研究

2024年に『社会心理学研究』に発表された「日本語版陰謀論的心性質問票の開発と妥当性の検討」。

www.jstage.jst.go.jp

これは、とても網羅的な研究である。ロンドンのゴールドスミス・カレッジでanomalistic psychologyを学んでいたのが2013年だったが、十年経って日本語でも定量的な議論ができるようになった。

陰謀論的心性は妄想性パーソナリティ(paranoid personality disorder)の尺度と相関している。パーソナリティの主要五因子については、イギリスでは開放性(openness)のみと相関があるのではないかと聞いたが、日本での研究では、それほど有意な相関はないようである。

https://www.taf.or.jp/files/items/1929/File/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E8%BC%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E.pdf

より具体的な項目を列挙した「一般的陰謀論信奉尺度」も和訳されている。

陰謀論においては、不安は少数の有力者の陰謀に対して投影されるが、これは、偶然起こる災難に対する不安の回避であり、被害妄想とは、むしろ災厄の原因を特定して安心したいという願望であり、これは自分(たち)だけが隠された真実を知っている選ばれた存在だという誇大妄想にも通じる。

文化とパーソナリティと精神分析(私論)

『風の旅人』に連載をするにあたって「出身地」を併記するよう、編集長から頼まれたが、なんとか断った。編集長は、生まれ育った場所が書き手の作風に影響をするからだ、と言っていたが、自分としては、生まれた場所や育った場所、学んだ大学はそれぞれ違うし、人類学を研究するようになってからは、欧米先進国から各地の少数民族の社会まで、いろいろな場所で暮らした。

両親、とくに母親の出身が大阪だったので、大阪には住んだことがないのに、大阪人的な文化の影響は多分に受けたとは思う。なので、出身地を聞かれた場合には、とりあえず大阪と答えることにしてきた。大阪語についても、母語として、ネイティブ同様に話すことができる。

パーソナリティは、遺伝が半分、環境が半分と言われる。遺伝子については、父方、母方、両方が縄文系の度合いの高い日本人であり、都道府県でいえば沖縄県に多いタイプということになる。

宮崎県延岡市で生まれ、一才のときに宮崎市に引っ越し、三歳の時に神奈川県藤沢市に引っ越した。ちょうど三歳まで、宮崎県で過ごした記憶がほとんどない。神奈川県の湘南には、リベラルな雰囲気があったが、海辺で育ったわけでもないので、湘南ボーイというわけでもない。

精神分析などの力動的な精神療法では、乳幼児期の母親との関係が人格形成に決定的な影響を与えるという。

hirukawalaboratory.hatenablog.jp

「ロンドンに住んでいたときには、睡眠障害を訴えただけで一年間も精神分析を受けることになってしまったのだが、診察中に唐突に「父親に敵意を持ったことはありますか」などと聞かれて、面食らってしまったものだった。もし「ある」と答えれば、精神分析の理論は正しかったということになるし、もし「ない」と答えれば、父親への敵意を無意識に抑圧している、ということになってしまう。病気の真の原因が無意識という領域に存在すると仮定してしまうと、その理論は反証不能になってしまう。」

精神分析で細かく聞かれたのが、最初の記憶である。幼児期健忘というのは、だいたい三歳ぐらいまでの記憶がないことをいう。

聞かれてみれば思い出すこともある。家の中に置いてあった踊る埴輪のレプリカ(西都原古墳群のお土産?)、空を飛ぶ飛行機(宮崎空港?)などがあるが、後から聞いた話や、見た写真の記憶と混じってしまっている。

ひとつのはっきりした記憶がある。天気の良い日に家を出て、道を挟んだ向かい側にある草むらに入っていくという光景である。虫取りがしたかった。ワクワクしていた。草は自分の身長の倍ぐらいの高さがあった。逆にいえば、ふつうの草の高さの半分ぐらいしか身長がなかったということになるから、これは背が伸びてからの記憶でもないし、写真を見て構成した記憶でもないといえる根拠があるから、いちばん確からしい記憶である。

精神分析医は、その記憶の中に人がいない、母親がいないのがおかしいと言った。母親がいないのなら、寂しいと思うはずだと言った。しかし、その時の気持ちというのは、背の高い草むらに入っていくという、ワクワクした思いで、とくに寂しいという思いはなかった。


CE2026/06/14 JST 作成 CE2026/06/14 JST 最終更新 蛭川立

日向の神話学

日向

記紀などの日本神話で「日向」が舞台になる部分(日向三代)が「日向神話」である。古代の日向は、現在の宮崎県と鹿児島県を含む地域のことを指している。ただし、神話の中に出てくる高千穂や美々津などの地名が、現在の地名や、後の時代に建てられた神社などに、そのまま対応するとは限らない。

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日向三代の系譜と、関連するとされる神社[*1]

古墳や埴輪など、考古学的な遺跡は物的な証拠になるが、弥生時代には宮崎県南部の人口が多く、古墳時代の古墳もそれらの地域に多いという傾向がある。

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南九州における古墳の年代[*2]

天孫降臨

神話によると、日本の天皇家の祖先でありアマテラスの孫にあたるニニギは高天原から高千穂に降り立った。

高天原は天上界であり地上界ではないが、宮崎県高原町という説がある。

https://assets.st-note.com/img/1735815441-aItC1LET8Z9gdPrjO3HcJeYW.jpg?width=4000&height=4000&fit=bounds&format=jpg&quality=90 宮崎県の神話観光地図[*3]
高千穂の候補地としては、宮崎県高原町・都城市・鹿児島県霧島市の境界にある高千穂峰と宮崎県高千穂町の二説がある。

天岩戸

天岩戸と称する岩・神社は日本各地に存在するが、高千穂町にも天岩戸神社がある。

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人物埴輪「踊る女性」[*4][*5](新田原古墳群・百足塚古墳出土)新富町総合交流センター「きらり」所蔵

新田原古墳群の百足塚古墳からは、意図的に女陰を見せようとしているアメノウズメのような埴輪が出土しているが、衣服を下に降ろして裸になったという神話の記述とは異なる。

バナナ型神話

高天原から日向に降り立ったニニギは美しいコノハナサクヤビメと出会い、求婚する。しかし美しい姉だけを妻とし、醜い妹、イハナガヒメを追い返したため(これは母系社会に多い姉妹型一夫多妻婚を前提としている)、以来、人間である天皇の寿命が有限になってしまったと語られる。(これは、バナナ型神話のヴァリアントである[*6])。

それぞれが葬られた場所は、西都原古墳群にある前方後円墳、男狭穂塚古墳女狭穂塚古墳だとされているが、それがゆえに発掘調査も行われていない。

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コノハナサクヤヒメ(宮崎市木花神社[*7]

オーストロネシアの作物起源神話には、バナナ型という神話素がある。インドネシア・スラウェシ島のトラジャの神話。

初め、天と地のあいだは近く、創造神が縄に結んで贈物を天空から下ろしてくれ、それによって人間は命をつないでいた。ところがある日、創造神は石を下ろした。われわれの最初の父母は、「この石をどうしたらよいのか?何かほかのものを下さい」と神に叫んだ。神は石を引き上げて、バナナをかわりに下ろしてきた。二人は走りよってバナナを食べた。すると天から声があって、「お前たちはバナナをえらんだから、お前たちの生命はバナナの生命のようになるだろう。バナナの木が子供をもつときには、親の木は死んでしまう。そのように、お前たちは死に、お前たちの子供があとをつぐだろう。もしもお前たちが石をえらんでいたならば、お前たちの生命は石の生命のように不変不死であったろうに」[*8]

これは、バナナという主食の起源神話であると同時に、寿命の起源神話でもある。人間は美味しい作物という<文化>を手に入れた代わりに、永遠の生命という<自然>を失ってしまった。神話が好んで語るものは火や農耕や婚姻規則などの<文化>の起源だが、それはまた失われた<自然>への憧憬を同時に含んでいることが多い。しかし、ここで想定される<自然>とは、<文化>の側からロマンティックに想像されたものであって、じっさいに<文化>の誕生以前に人間が不死であったわけでも、何百年も生きられたわけでもない。

さて、このバナナ型神話の異文は、また古事記の別の場所に見いだされる。

天から[日向に]降りてきたニニギ(神武天皇の曾祖父)は、コノハナサクヤビメという美しい娘に出会い、求婚する。彼女の父、オホヤマツミは喜んで、コノハナサクヤビメと、姉のイハナガヒメの二人を妻として差し出した。しかしニニギは容姿の醜いイハナガヒメは送り返し、コノハナサクヤビメだけを妻とした。オホヤマツミは深く恥じ入り、「イハナガヒメを妻とされれば、天つ神の御子の命は岩のように永遠で揺らがないものになり、コノハナサクヤビメを妻とされれば、木の花が咲き栄えるように繁栄されますようにと祈願いたしましたのに、このようにイハナガヒメだけをお返しになり、コノハナサクヤビメだけをお留めになりましたから、天つ神の御子の命は、木の花のように儚いものになってしまうでしょう」と申し送った。そういうわけで、今に至るまで天皇の寿命は長くはなくなってしまった。[*9]

ここでは作物の起源神話の要素はなくなり、もっぱら短命の起源の要素だけがみられる。つまり、岩/生物=永遠の生命/死すべき存在、という構造は保たれたまま、岩に対立する要素が、バナナ/美女=食欲の対象/性欲の対象、と変換されていることがわかる。天/地=神/人、が分離し、地上的な存在となった人間は、農耕や婚姻によって地上的な欲望を<文化>的に満たすことができるようになった反面、植物のように枯死すべき存在にもなってしまったということを、これらの神話は語っている。

この日向神話は、古代の日本における、母系制と結びついた姉妹型一夫多妻婚の文化を反映しているが、あくまでも親族構造の説明をしているのであって、「妻は一人でなければならない」とか「女性を容姿で判断してはならない」といった(近代的な)道徳的教訓を述べているのではない。

神武東征

神話上の神武天皇は美々津(宮崎県日向市美々津町という説あり)から出航して、いったん北九州を経由してから、畿内へと向かい、浪速に上陸したところで、大和の勢力と戦い、いったん敗退している。

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神話上の神武天皇の東征経路[*10](文献上の地名と現在の地名が対応しているかどうかは不明)

大和に箸墓などの大きな前方後円墳が作られたのが三世紀であり、このころに大和王権が形成されたと考えられるが、約二百年後、西都原古墳群の最盛期は五世紀なので、このころに、後に熊襲・隼人と呼ばれる人々が小国家を形成していたものと推測できる。


デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。


CE2026/06/15 JST 作成 CE2026/06/30 JST 最終更新 蛭川立

*1:MORIMORI「宮崎県の神社」『PhotoMIyazaki 宮崎観光写真』(2026/06/29 JST 最終閲覧)

*2:稲用章 (2022).「日向の古墳時代史」『歴史を旅しよう ~AI World~』(2026/06/19 JST 最終閲覧)

*3:ISSA (2025).「ひむか神話街道 〜 総集編」『note』(2026/06/21 JST 最終閲覧)

*4:がちゃん (2021).「制作された日本列島2020【発掘された日本列島2020】」『古代press』(2026/06/29 JST 最終閲覧)

*5:日向の埴輪のシンボルとして親しまれている「踊る埴輪」は埼玉県の古墳から出土したもので、西都出身の陶芸家、本部マサがレプリカを多数作成したことで広く知られるようになった。

*6:神話の構造」(ブログ内記事)

*7:morimori (2023).「木花神社(きばな神社)に木花佐久夜姫(このはなさくやひめ)像」『日々ブログ MORIMORI @宮崎県』(2026/06/21 JST 最終閲覧)

*8:大林太良「東南アジアの神話」ミシェル・パノフ(著)大林太良・宇野公一郎(訳)『無文字民族の神話』白水社, 57-87, 1985.

*9:『古事記』より概要を引用

*10:一般社団法人 ヒューマンサイエンスABOセンター (2024).「神武東征と日本建国神話の真実に迫る!日本最大のミステリーに科学で挑む『古代史サイエンス2』の著者が語る誕生秘話」『PR TIMES STORY』(2026/06/29 JST 最終閲覧)