蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

蛭川研究室ブログ新館 断片的覚書

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/27/Superc%C3%BAmulo_de_Virgo.jpg
おとめ座銀河団の推測図[*1]

蛭川研究室ブログ新館の、覚書の置場です。日々の雑感や、ちょっと考えたことを、書き留めています。

日付がつくので、日記のようでもありますが、とくに経時的に出来事を報告する日記ではありません。

日記ではないとはいえ、内容は、その時々の情勢によって偏ります。

2018年度は睡眠障害で療養していたため、療養日記のようなコンテンツを多々アップしました。2003年には中国で発熱して倒れ、そして2020年現在、同種異株のコロナウイルスが再流行していますから、その関連記事が増えています。

どちらも病気という、不条理なテーマです。とりわけ精神神経疾患と感染症は、それが生理的な次元にはとどまらず、心理社会的な状況とも連動します。深刻な問題を冗談にしているように読めるところもあるかもしれませんが、不条理さを端的に書き記そうとすると、どうしてもSF小説のようになってしまうのです。

学術的に意味のありそうなコンテンツについては、随時、加筆修正し、または別のページと統合して、「蛭川研究室新館」のほうに移動させています。移転した場合は、移転先へのリンクを張っています。意味のなさそうなコンテンツについては、無断で削除することもあります。



CE2019/04/21 JST 作成
CE2022/10/30 JST 最終更新
蛭川立

サイケデリック・ルネサンス

日本の精神医学の学術誌に、医療用サイケデリックスについての概説を執筆中。

サイケデリックスの研究は、2015年ぐらいから、精神疾患の改善という実用的なところから復活してきたらしいが、気づくのが遅くなった。


LSD研究論文の年次推移[*1]

研究の盛衰をグラフで見ると、まるで感染症のような増減がある。

サイケデリックスが国際的に規制されたのが1970年ごろであり、これを機に研究は衰退した。しかし、なぜか研究は復活し、2000年ごろに小さなピークがあり、そして一貫して増加している。

私がサイケデリックスに関心を持つようになったのは、この2000年ごろである。アマゾンのアヤワスカに対する注目が高まっていた時代である。

フルドーズで神秘体験を得て、宇宙と一体化してこそのサイケデリック体験なのだから、ロードーズでは中途半端で気持ちが悪いだけだし、ましてやマイクロドーズなどという流行は、ホメオパシーと同じぐらい怪しげなプラセボだと偏見を持っていたところがある。

日本では2002年にシビレタケなど、シロシビンを含有するキノコが規制されたが、サボテンなど、サイケデリックスを含む植物自体は、ずっと合法的なままであった。私も海外でも日本でも、少量を試したことがあり、それは興味深い体験ではあったが、それ以上に探求しようとは思わなかった。

それから二十年ぐらいが経ち、日本では合法的なサイケデリックスがネット上で販売されるようになってきた。驚くべき時代の変化である。サンプルを入手してじっさいにロードーズを試してみると、身体が重くて何をするのにもおっくうな感じが三時間ぐらいでスッと消えて、シャキッとする。歳をとったせいだろうか、知らないうちに心身に疲れが溜まっていたらしい。

精神作用がある物質を服用しても、身体の疲れが治るわけではない。カフェインなどの精神刺激薬は、一時的に疲れを麻痺させるだけである。いっぽう、サイケデリックスには「自分が疲れている」ということに気づかせてくれる作用がある。サイケデリックスの精神作用の再発見であった。

セレンディピティ ー『LSD』との出会いー

LSILSD

ティーンエイジャーのころに音楽などを通じてドラッグカルチャーに興味を持ち、それがゲートウェイになって、LSDサイケデリックスの世界と出会った、という話は、よく聞くが、そういえば自分はどうだったかというと、とくに音楽に興味があったわけでもなく、心を病んで悩んでいたわけでもなかった。

中高生のころ、1990年前後の日本では、マイクロコンピューターがマイ・コンピューターへと急速に進化していた。もうオタクの昔話になってしまうが[オタクという言葉さえなかった時代だが]NECのPC-8000シリーズが登場し、「マイコン」は秋葉原で部品を買って組み立てるものではなく、家電製品として買えるようになった。私はインテルザイログアセンブラよりも、モトローラアセンブラのほうが構造化されていて美しいと思ったから、富士通FM-7を買った。それからBASICよりもPascalやCのほうが構造化されていて美しいとも思っていた。

湘南高校の図書館で、LSIの本を探していた。トランジスタが進化してICに、ICが進化してLSI大規模集積回路)という新語で呼ばれるようになった時代である(今ではLSIは当たり前になりすぎて、LSIという言葉さえ使われなくなった)。この革新的な技術、LSIについて書かれた本が書棚に[アルファベット順にではなく、分野別に]並んでいた、その中に、水色の背表紙で『LSDー幻想世界への旅ー』というタイトルの本が紛れ込んでいた。アルベルト・ホフマンの『私の問題児』の和訳だった。

幻想世界への旅、という邦題に心惹かれ、その本を借りて読んだ。そのLSDを服用すると、音楽のスピーカーからタコの足が躍り出て、音楽と共に優雅に舞うだとか、そんな内容を読んで、そんな薬を飲んでみたいと思った。

LSDの作用の発見は偶然の幸運、セレンディピティだったと書いてあったが、その本との出会いも、セレンディピティだった。

いま、この文章を書きながら、あらためて『LSD』を手に取って、その前書きを読んでいる。ドイツ語の原文(前書きは「『LSD: Mine Sorenkind』」にアップした)と照らしあわせてみた。濫用されずに、医療と瞑想のために活用できれば、問題児(Sorgenkind)は神童(Wunderkind)になるだろう、という言葉で結ばれている。いま思えば、じつに真っ当な見解である。

理系の神秘主義

心理的な問題を治したい、という治療的な願望から使用する人も多いし、それも共感できる。しかし、自分の場合は、新しく合成された物質を使って、精神の世界を探検してみたいという探究心のほうが強かった。

しかし、思春期には、人並みに自我が芽生え、人間はなぜ生きているのだろう、という実存的な問いには悩まされていたし、そういう悩みは、セロトニンの不足によって起こるもので、だからセロトニンを補う薬を飲めば悩みは消えてしまうということも本で読んで、そんな薬があるのなら試してみたいとも思っていた。

セロトニンはタンパク質や核酸と比べると、とても単純な分子である。その単純な分子が、人の悩みを消したり、無意識世界の扉を開いたりする。これは、当時、勃興しつつあった分子生物学への関心を加速させた。物質主義的、還元主義的な世界観に魅了された。サイケデリックスへの関心は、物質主義への関心と反比例するというが、そこでいう物質主義とは、金銭や権力への欲望のことであり、それは社会的に構築されたものだから、物質ではない。

自分に器質的な躁うつの素因があるかもしれないということに気づいたのは、大学に入学して一人暮らしをはじめたときである。このときも、精神的に悩んでいたというよりは、逆に、精神を病んでこそ天才が花開くのだと願っていたところがある。京都大学の校風の影響もあった。教養部で藤縄昭先生や木下冨雄先生の講義を受けて、先生がたが若いころには、LSDという物質が日本の大学でも研究されていて、先生がたじしんも試したことがある、という話に、興味津々だった。

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木下先生の授業で見たLSDネコの絵[*2]

憧れの抗うつ薬を飲んだのは、もっと後だった。東大理学部の大学院に移ったとき、本郷の診療所で処方してもらえたのが、三環系抗うつ薬だった。副作用がひどくて効果は感じられなかった。たぶん、自分はうつ病などではないと思っていた。抗うつ薬を処方してもらって飲んだのは、むしろ好奇心からだった。

大学院を出たころに、アメリカでSSRIが流行していることを知った。三環系抗うつ薬とは違い、うつ病だけでなく、ふつうの人が飲んでもハイになれるのだというから、これは試してみたかったし、その後、パロキセチンを飲んで、じっさいに効果を感じたのは、もっと後のことである。

それから、高校生のころには、高い山に登って星を見るのが好きだったが、そのころ、ゆっくり息を吐いて止めてしまうと、不思議と気持ちが和らぎ、余計な悩みが消えてしまう、ということに気づいた。息を吐けばすべての悩みは消える、そういう発見を天文部の友達にも説いて回ったが、危険な宗教だと批判されたものだった。低酸素状態で内因性DMTが分泌されることを知ったのは、2020年にアヤワスカアナログ裁判が始まった後のことである。

日本では、LSD大麻と結びついたカウンターカルチャーが衰退していく中で、しかしLSDの文化はMDMAと結びつき、アンダーグラウンドなパーティードラッグとして使われ続けてきたようだ。そこで流通していたLSDは、違法であって正体不明だということもあったようだが、用量の少ないものであったらしい。意識の変革よりは、オキシトシンを増やすような、共感性を高めるような物質として使用されてきたようだ。

深い遊び

大麻カンナビノイドは、マイナー・サイケデリックスとしても使用できるし、社交的な「遊び」のツールとしても使える。じっさい、使い分けられているという統計的研究もある。
link.springer.com
もちろん「遊び」は悪いことではない。むしろ「遊び」は人間が実存を再確認する行為でもあり、「ホモ・ルーデンス」の本性でもある。

サイケデリック体験と無意識

ユングアルコール依存症に対するLSD療法についての書簡の中で、サイケデリック体験の危険性を論じているという。異様な幻覚体験によって精神に異常をきたす、といった類の、雑な議論ではない。

acidmollylsd.blog.jp

このブログの中では、ユングの『自我と無意識』が引用されている。和訳の143ページにある「寝た子を起こすな」という格言の引用が、ユングの「無意識の意識化=サイケ・デリックス」に対する態度を的確にあらわしている。

心的な情報処理の大半は無意識の領域で遂行されており、それを意識化すると、自我が情報を処理しきれなくなってしまう。もともとの脆弱性や不適切なセッティングによっては、統合失調症や躁病、被害妄想、自我肥大といった病理的状況も引き起こす。

しかし、サイケデリックスだけがとくに特殊な体験を引き起こすわけではない。健常者の日常生活の中で、無意識の元型が意識の領域に浮上することによって起こる一時的な狂気としては、たとえば恋愛がある。男性にとっての恋愛は、元型としてのアニマの活性化である。毎晩の夢もまた無意識の意識化だが、夢の内容はふつう、すぐに忘却されることによって自我とのバランスをとっている。

ifs.nog.cc

サイケデリックスには、忘却されていた記憶を想起させる作用があり、それがPTSDの治療にも使える。しかし、不快な出来事の記憶を意識下に忘却するのは、適応的な心的機能でもある。わざわざ不快な記憶を想起する必要はない。治療のために、あえて不快な記憶を想起させるのであれば、想起された記憶への意味づけを修正し、現在の自我に統合する作業が必要である。サイケデリック療法は心理療法と組み合わせる必要がある所以である。

そもそもユング自身に精神病的な性向があり、彼は一時的にスピリチュアル・エマージェンシーを体験している。そのような素因と体験があったからこそ、深層心理学の研究を発展させることができたのだろう。

無意識の意識化を引き起こす物質は、うまく使いこなせば、創造性や知的探求の効果的なツールになりうる。サイケデリックスは、治療のためだけではなく、芸術家や研究者にとっては、積極的に役に立つ方法論になるはずだ。

サイケデリックという言葉は特定のカルチャーと結びつく傾向があるが、それはむしろ創造性を妨げることがある、ということにも注意しておく必要がある。皆が揃ってカラフルなヴィジョンをデザインした「制服」を着て、同じように「サイケ」な音楽を演奏するのであれば、それは、むしろ自由な創造性を妨げてしまう。

都市で、組織の中で働く人間が「ドロップアウト」することがある。組織の中で、まるで歯車のような役割を果たしていた人間が、自由に目覚め、退職してフリーの仕事を始めるとか、技術文明の中で生活していた人間が、自然の大切さに目覚め、地方に移住して農業を始めるとかいった行為は、文化の中で自我が演じていた役割を相対化することにはなっても、社会的組織や技術文明の否定をすることばかりに向かえば、それは統合よりも逃避になってしまう。(組織化された社会の外部に出ること自体を組織化している文化もある。たとえば仏教における「出家」がそうである。)

サイケデリック体験は「インスタント悟り」とも表現される。薬物によって一時的に悟ったような体験をするのは無意味だということではない。サイケデリックスを使用することによって、無意識で起こっているプロセスをいったん意識の上に浮上させて、どういうプロセスを自我と統合する必要があるのかを前もって知ることができる。しかし、統合する作業には時間がかかる。無意識の情報処理を知ることは、無意識を自我に統合する作業を助けるだけである。

DMTやLSDなどのサイケデリックス(精神展開薬)は「自我の死」体験を引き起こすが、これによって自殺念慮が消失するという逆説的な作用があり、うつ病や依存症の治療薬としての研究が進められている。

2020年3月には、相思樹の樹皮を譲渡した青井硝子(筆名)が逮捕され、起訴された。京都地裁で行われた初公判で青井被告は自らの行いを菩薩行であるとして罪状を否認。証人として召喚された大学生は法廷で自らの体験をショーペンハウエルヴェーダーンタ哲学によって説明した。

京都地裁は2022年9月に青井被告に対し懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。青井被告は控訴し、裁判は2023年4月から大阪高裁で再開される。

ハイドーズのサイケデリックスは「ego death(自我の死)」あるいは「Ego-Dissolution(自我の融解)」を引き起こす。しかし、これはユング心理学でいう「自我」を「自己」へ再統合するきっかけにもなる。
chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://matthewnour.com/wp-content/uploads/2021/01/EDI.pdf

この裁判で興味深いのは、DMTの所持が問題になっていることである。DMTは哺乳類の脳内でも生合成されているので、そうすると、麻薬の所持という概念自体が意味を失うからである。生物学的にみても、植物が生産するサイケデリックスで、それが動物の体内では神経伝達物質として機能しているのは、DMTと、それからアーナンダミド(規制されていない)のふたつの物質が注目すべき実例である。

神経化学の用語

主要なサイケデリックスや神経伝達物質は、だいたい構造が単純で似通っている。しかし、それらの構造をあらわす神経化学の用語にはいろいろあって、わかっているようで、説明しようとすると難しい。

アルカロイドはアルコールとならんで中世アラビア化学の概念であって、植物に含まれていて窒素を含む化合物、というぐらいの曖昧な用語である。

モノアミンはアミノ基を一個持つ神経伝達物質、つまりモノアミン神経伝達物質に対して使われる言葉で、他ではあまり使われない。

カテコールアミンという言葉はよく使うが、インドールアミンという言葉はあまり使わない。インドールアミンという物質もカテコールアミンという物質も存在しない。

フェネチルアミンという物質は存在するが、カテコールアミンはフェネチルアミン誘導体に含まれる。

インドール核(indole nucleus)という言葉もあまり使われない。インドール誘導体という言葉もあまり使われない。インドールアルカロイドという言葉はよく使われる。サイケデリックスやMAOIのほとんどはインドールアルカロイドである。β-カルボリンインドールアルカロイドである。クラトムの有効成分であるミトラギニンもインドールアルカロイドだが、その精神作用は曖昧である。

いっぽう、カンナビノイド受容体の作動薬であるカンナビノイドやカヴァラクトンには窒素が含まれていないのでアルカロイドとは呼ばない。

サイケデリックス・幻覚剤は、おおよそセロトニンのように作用し、興奮剤・刺激薬は、おおよそドーパミンノルアドレナリンのように作用する。

しかし、より細かくみていくと、メスカリンはフェネチルアミン誘導体なのに刺激薬ではなくサイケデリックスであり、コカインはトロパンアルカロイドなのにデリリアントではなく刺激薬である。刺激薬であるカフェインはアデノシン受容体のアンタゴニストとして間接的にドーパミンノルアドレナリンを増加させる。

精神活性物質の社会的階層

Wikipediaの「薬物依存症」に載っている、依存性(があるとされる)薬物の一覧表を、身体的依存性の低さの順に並べると、あたかも精神活性物質にカースト制度があるように見えてくる。

補って再整理すると、以下のような感じになるか。

物質 階層 活動 規制
サイケデリック 僧侶 宗教 違法
MDMA 貴族 違法
大麻 芸術家 芸術 違法
覚醒剤 軍人 戦争 違法
カフェイン 労働者 休眠→労働 合法
アルコール 労働者 労働→休眠 合法
睡眠薬 病者 療養 (処方薬)
オピオイド (アウト・カースト 脱落 違法

世俗化した近代社会においては、僧侶階級は不要である。

民主主義社会においては、貴族も不要である。しかし、失業者は救済されるべき存在である。ただし、疲労した労働者も、制度的な休職と療養が必要である。

ポル・ポト政権下のカンボジアのように、極端な共産主義社会においては、知識人や文化人も否定されるのかもしれない。

戦後の日本のような平和主義国家においては、軍人は不要である。軍隊のない社会が成り立つのだろうか。日本には軍隊はなくても警察はある。



記述の自己評価 ★★★☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)

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  • CE2022/01/30 JST 作成
  • CE2023/06/03 JST 最終更新

蛭川立

仏教の聖地

思想としての仏教については学んできたつもりだが、地理的歴史的な背景については、あまり知らなかった。

経典を読んでいると、国の名前、川の名前、村の名前などが出てくるが、書籍には地図がついていないことが多い。二千年ぐらい前のガンジス川の流域だろうというぐらいの大ざっぱな認識でも、だいたいは読めてしまう、ということでもあるのだが。

私事ながら、かつてチェンマイの郊外でお試し出家をした後、僧院での生活が嫌になって、いったんチェンマイの街に降り、看護師さんのお世話になってバザールで食事をして、それからオジを訪ねてバンコクに戻って、滞在中に、江戸川大学の高山先生から招聘の話があり、そして日本に戻り、教壇に立った、という一連の流れは『精神の星座』に書いたことでもあり、書かなかったこともある。

出家生活の安楽さにも触れつつ、しかし食べることや働くことの意義についても考えさせられた。

ひたすらに苦行を極めて悟りの境地に至り、それを誰にも話さなかった行者たちも少なくなかったはずだ。誰かに話をした人の教えだけが伝わる、というのは、観測選択効果のようなものである。

食べ物は食べるのがよいし、女の人に助けられるのもよいし、研究したことを人に話すのもいい、と考えて、それ以上出家の道に戻ることはなかったのだが、すぐれた先駆者は後に続く凡夫のお手本を示してくれているようだ。


ネット上には日本語でも仏教の聖地の地図がアップされているが、史料を読み解くのに重要なのはインドとネパールのような現代の国家ではなく、当時の国々の配置である。インドでは中華帝国のような中央集権的な政治体制ではなく、小王国の分立が続いてきた。

https://sakurakoji.sakura.ne.jp/004Localmaps/image/0101.png 歴史上の仏跡[*1]

1995年ごろには北インドとネパールを訪れ、ブッダガヤーとヴァラナシ・サールナートという二大聖地は訪れたが、それ以外の場所には行っていない。

ヴァラナシはガンジスにおける最大の聖地であるが、インド地域内での思想史にかぎれば、仏教だけが特別なわけではない。(超越性は客観的には証明できないことでもある。)仏教ではその他の宗教思想は外道として論じられているが、ブッダが外道の思想家たちと議論したことも文献には残されているから、どの宗派が正しいというよりは、ひたすら議論し続ながら発展してきたのがインド哲学の重要な特長だとさえ言える。


CE2025/05/30 JST 作成
CE2022/05/30 JST 最終更新
蛭川立

創造的狂気と市民的不服従

前橋地方裁判所で行われた、大藪龍二郎さんの公判の後の記者会見の様子が、Instagramにアップされた。

www.instagram.com

大藪さんは、大麻を摂取すると、感性が研ぎ澄まされて、不安が減るという。芸術家が感性を研ぎ澄ましたり、不安を自己治療するのであれば、それは正当行為であり違法性阻却事由なのではないか、といったことを話したが、法的なことについては、門外漢である。

丸井弁護士は、大麻取締法違憲だと主張しつづけてきた。石塚弁護士は、会見の最後のほうで、市民的不服従(civil disobience)という言葉を使った。

かつて日本では「どぶろく裁判」というものがあったという。

ja.wikipedia.org

日本では、酒を造るのには免許が必要である。しかしこの人は、自分で酒を造って自分で飲んでいたので、有罪の判決をくだされた。これは市民的不服従の一例として解釈されている。

www.web-nippyo.jp

石塚弁護士が市民的不服従について言及したときに、丸井弁護士はガンディーの非暴力不服従という言葉でこたえた。このサティヤーグラハ(satyāgraha)は、戦争や植民地支配など、より広範な政治的事件に対して問題提起するものである。しかし、精神活性物質をめぐる「生権力」はまた、政治的な問題になる。いわば「狂気」が公衆衛生上の問題になるからである。

サイケデリックスは宗教とともにあり、カンナビノイドは芸術とともにあった。もとより芸術は聖なる狂気のあらわれであったのだが、それが「生権力」により、治療されるべき病気、あるいは処罰されるべき犯罪と同じカテゴリに分類されるようになったというわけである。


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CE2023/04/07 JST 作成 CE2023/04/07 JST 最終更新 蛭川立

サイケデリックスと物質誘発性障害

この記事は書きかけです。

臨床研究が進むにつれ、サイケデリックスの副作用についても明らかになってきた[*1]。一過性の頭痛や吐き気、不安は一般的である。体温の上昇、発汗、脱水症状はとくにMDMAで特徴的である。また吐き気と嘔吐はMAOIを含有するアヤワスカに特徴的である。

サイケデリックスの服用による急激な意識状態の変容が、逆に急性不安障害、パニック発作を引き起こすことが多いが、数時間でおさまることが多い。大学生の場合は、服用数時間後に「世界の構造が再帰的」になり「無間地獄」に落ちて戻れなくなるような恐怖を感じたという。自己言及性が無限大に発散するからである。この様子を隣で見ていた友人が救急車を呼んだ。こうした一過性の不安は、事前の知識の有無やセットとセッティングによるところが大きい。

こうした不安発作には、benzodiazepineが有効であるが、選択的5-HT2A受容体拮抗薬がサイケデリック体験を特異的に抑制することも明らかになっている[*2]

また、効果が終わった後に体験が再燃する幻覚性永続性知覚障害 (HPPD)、いわゆるフラッシュバックは10%程度で発生するが、不快な体験は少ない[*3]

「鳥になって空を飛べる」という妄想にとらわれて窓から飛び降りてしまう、といった通説も流布しているが、これは作為体験や憑依現象とは異なるもので、むしろ解放感の体感であろう。佐保田鶴治は、自らのLSD体験にもとづき、これをヨーガ=サーンキヤ哲学の概念によって解釈している。精神が物質の制約を超えると錯覚をするのであって、じっさいには物質世界で肉体が生活しているのだと知る必要がある、と述べている[*4]


HoffmannがLSDの合成を行ったのは1938年のことであったが[*5]、同年には武田長兵衛商店(現、武田薬品)の阿部又三が麦角アルカロイドの研究に着手しており、両者の間には交流があった[*6][*7]

1950年代にはLSD統合失調症を引き起こす物質(精神異常発現薬)と呼ばれ、実験精神病の研究が進められたが、統合失調症の陽性症状・陰性症状ドーパミン仮説・グルタミン酸仮説が有力になるにつれて実験精神病の研究は行われなくなった。このころに日本ではpsychedelicsの訳語として精神展開薬、精神拡張剤という名称がつくられた[*8][*9]

反精神医学や「サイケデリック」がカウンターカルチャーと結びついて大衆化したことの影響も大きく、LSDなどのサイケデリックスは1971年の国際条約で世界的に禁止されることになった。

サイケデリックスが5-HT受容体を通じて実験精神病を引き起こすというセロトニン仮説の研究が進んだが、陽性症状のドーパミン仮説、陰性症状グルタミン酸仮説が有力になった。

アンフェタミン類がD2を通じて陽性障害と、PCPグルタミン酸を通じて陰性障害と通じる、さらにTHCなどのCB1受容体作動薬がD2受容体を通じて間接的に作用するという研究に変わってきた[*10]

各種精神活性物質使用とメンタルヘルス全般について、サイケデリックスだけに負の相関がない[*11]

古典的サイケデリックスが精神病を引き起こすリスクは非常に低く、リスクは統合失調症の遺伝的脆弱性と関係する。MDMAにはアンフェタミン類と似た慢性精神病性状態の小さなリスクがある。PCPは特有の精神病を引き起こし、またケタミンうつ病を改善するのと同時に、健常者に精神病の関係する。大麻は精神病を引き起こす[*12]

ケタミンだけではなく、DXMは致命的な副作用があるが、大うつ病に対する効果が認められている。 Efficacy of dextromethorphan for the treatment of depression: a systematic review of preclinical and clinical trials.2021

古典的サイケデリックスは統合失調症の陽性症状や躁状態と関連し、解離性麻酔薬は統合失調症陰性症状と関連している。

サイケデリックスが統合失調症を発症させる可能性は「大麻精神病」と同様に議論になっているが、統合失調症自体と同様の遺伝的素因に依存している。そのリスクは大麻よりも低く、 アンフェタミン類よりも高い[*13]

アメリカで13万人をランダムサンプリングした研究によると、サイケデリックスの使用体験は14%であり、男性が多く、先住民と白人が多い。また教育水準が高く、収入が高いという一貫性がある[*14]。(これは、大麻使用と教育水準や収入の相関が調査によって一貫していない[*15]のと対照的である。)さらに、サイケデリックスの使用者のほうが、不安傾向が強く、抑うつ傾向は差がなく、希死念慮・自殺企図が少ない[*16]


サイケデリックスの多くは高用量で幻覚・錯覚を引き起こすため、ICD-10やDMS-5ではhallucinogen(幻覚薬・幻覚剤)と呼ばれる。しかし、統合失調症の陽性症状が幻聴を主とするのに対し、サイケデリック体験においては閉眼時の幻視が主であり、神秘的な多幸感をともなうことが多い。被害妄想、誇大妄想、世界没落体験(Weltuntergangserlebins)(宮西照夫)を引き起こす可能性がある。

ユングLSDの使用には反対していた。無意識(psyche-)が意識化される(-delic)ことを支えるために、自我肥大(ego-inflation)、霊的危機(spiritual emergency)が起こってしまうからである。「緊張病」の基底にある自然な自明性の喪失(Verlust der natürlichen Selbstverständlichkeit) が起こることは、木村敏が自らのLSD体験にもとづいて記述しているが[*17][*18]、これは統合失調症陰性症状に類似している。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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CE2023/04/05 JST 作成
CE2023/04/05 JST 最終更新
蛭川立

*1:Adverse events in clinical treatments with serotonergic psychedelics and MDMA: A mixed-methods systematic review.

*2:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acschemneuro.2c00170?casa_token=XQEzjoEzOPYAAAAA%3AMODLEbqJh0RW85fZQQrIIyd563428TIbEMsrzSphlORphf-yIUMLHdYGXBZXkvKK_SiuA_22vxvvynTXNQ

*3:Flashback phenomena after administration of LSD and psilocybin in controlled studies with healthy participants.

*4:佐保田鶴治『88歳を生きる―ヨーガとともに』

*5:Hoffman Mine Sorgenkind.

*6:大和谷三郎・阿部又三 (1959).「麦角菌に関する研究(第30報)Elymoclavineといわゆるペプタイド型麦角アルカロイドとの化学的関連性」『日本農芸化学会誌』33(12), 1036-1039.

*7:阿部又三・大和谷三郎・山野藤吾・楠本貢 (1959).「麦角菌に関する研究(第31報)ハマニンニク型麦角菌の培養からPenniclavineおよび1種の新水溶性アルカロイドTriseclavineの分離」『日本農芸化学会誌』33(12), 1039-1043.

*8:藤岡喜愛

P. 108.

*9:加藤清

*10:Drug-induced psychosis: how to avoid star gazing in schizophrenia research by looking at more obvious sources of light. Alessandra Paparelli, Marta Di Forti, Paul D. Morrison and Robin M. Murray

*11:Comparing Mental Health across Distinct Groups of Users of Psychedelics, MDMA, Psychostimulants, and Cannabis.2019.

*12:Substance-Induced Psychoses: An Updated Literature Review., 2021

*13:Alessandra Paparelli, Marta Di Forti, Paul D. Morrison, and Robin M. Murray (2011). Drug-induced psychosis: how to avoid star gazing in schizophrenia research by looking at more obvious sources of light. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 5:1, doi: 10.3389/fnbeh.2011.00001)

*14:https://www.researchgate.net/publication/273154807_Psychedelics_not_linked_to_mental_health_problems_or_suicidal_behavior_A_population_study.

*15:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3867578/

*16:https://www.researchgate.net/publication/273154807_Psychedelics_not_linked_to_mental_health_problems_or_suicidal_behavior_A_population_study.

*17:Wolfgang Blankenburg Der Verlust der natürlichen Selbstverständlichkeit: Ein Beitrag zur Psychopathologie symptomarmer Schizophrenien.

*18:木村敏『精神医学から臨床哲学へ』62.