蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

蛭川研究室ブログ新館 断片的覚書


アカデメイアの跡地(ギリシアアテネ[*1]

蛭川研究室ブログ新館の、覚書の置場です。日々の雑感や、ちょっと考えたことを、書き留めています。

日付がつくので、日記のようでもありますが、とくに経時的に出来事を報告する日記ではありません。

学術的に意味のありそうなコンテンツについては、随時、加筆修正し、または別のページと統合して、「蛭川研究室新館」のほうに移動させています。移転した場合は、移転先へのリンクを張っています。

同じような内容が重複したり、ちょっとした間違いもあるかもしれませんが、ネット上の情報には遺伝情報と同じような冗長性があるのが面白いところだと考えています。



CE2019/04/21 JST 作成
CE2024/03/05 JST 最終更新
蛭川立

*1:

セレンディピティとルネサンス

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

近年の脳神経科学の急速な進歩にもかかわらず、精神疾患の治療薬の開発は1950年代から1970年代にかけて盛んに行われた一方、その後はマイナーチェンジしか進んでいない。

hirukawa-archive.hatenablog.jp

精神科治療薬だけではなく、薬の効能の発見はセレンディピティの連続である。

狭心症の治療薬として開発されたシルデナフィルを飲んだ男性被験者の勃起が止まらなくなり、それがバイアグラというヒット商品になったとか(しかし、シルデナフィル動脈硬化に対して有効である)、バイアグラが時差ボケを補正する作用が発見され、イグ・ノーベル賞をとったとか、どこまで冗談なのかよくわからない逸話は多々ある。

その点、SSRIは理論から演繹的に設計された薬剤である。うつ病セロトニンの不足だという過程から出発し、セロトニンの再取り込みを阻害に作用を絞り込んだ薬を作れば、副作用の少ない抗うつ薬ができるはずだという推論から合成された。

プロザック」の発売が1988年、日本でSSRIが認可されたのが1999年である。SSRIが「魔法の弾丸」として一世を風靡したのはアメリカで1990年代、日本では2000年代であった。

hirukawa-notes.hatenablog.jp

SSRIの選択性はエスシタロプラムで完成した。

SSRIは確かに効く。ただし

  • 三分の二の患者にしか効かない
  • 飲み始めてから何週間も経たないと効かない
  • それだけの日数での寛解は、七割が自然治癒とプラセボ効果である

といった問題点が残された。

いっぽう日本の社会はうつ病ブームから発達障害ブームへと移行した。大きな物語と重い責任に押しつぶされるメランコリー親和型うつ病は減り、ポスト・モダンにおける責任感の低い「新型うつ病」が増加した。

漠然とした「生きづらさ」や「困り感」を主訴とする発達障害の流行へと変化していく中で、過眠症の治療薬だったメチルフェニデート抑うつ症状の薬としては引退し、大人のADHDの薬として復活した。


麻酔薬として使用されてきたケタミンに[SSRIでも治療できない治療抵抗性うつ病に対する]迅速な抗うつ作用があることが発見され、サイケデリック療法につながっているのだが、これも発見というよりは、セレンディピティ[*2] なのだろうか。

LSDにしても、もともとは陣痛促進剤として開発された薬を誤って吸い込んでしまったホフマン先生が予期せぬ神秘体験をしてしまったという、これもセレンディピティ以外の何物でもない。

サイケデリック文化の独立したパラダイム

この部分は切り出して別の記事「サイケデリック文化の独立したパラダイム」として独立させました。


CE2024/03/11 JST 作成
CE2024/03/18 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:「ポストモノアミン時代の精神薬理学

サイケデリックスと他の精神科治療薬との相互作用

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

サイケデリックスは抗うつ薬としての効果が認められつつあるが、他の抗うつ薬気分安定薬との相互作用についてはまだよく知られていない。

著者の知るかぎり、サイケデリックスと他の精神活性物質との相互作用にかんする最新のシステマティックレビューは、2023年に発表されたものである[*2]が、まだ情報は不十分である。(読者諸氏の助言を求む。)

気分安定薬

かねてより、界隈ではサイケデリックスとリチウムの組合せは危険だと言われてきた。たとえば「PsychonautWiki」のLSDのページにもリチウムは赤い枠(「禁忌という意味か?)」で囲まれている[*3]

英語で書かれたネット上の体験談の分析によると、LSDやシロシビンをリチウムと併用すると半数がけいれん発作を起こし、それ以外にも多くのバッドトリップを引き起こすが、同じ気分安定薬でもラモトリギンの場合にはほとんど影響がないとされている[*4][*5][*6]。(ラモトリギンはそもそも抗てんかん薬である。)ただし、発作やバッドトリップというのはネットに流布している体験談なので、より信頼のおけるデータが必要である。

ラモトリギンとケタミンの相互作用についてはシステマティックレビューがあるが、はっきりした相互作用は認められていない[*7]

抗精神病薬抗うつ薬

定型抗精神病薬よりも非定型抗精神病薬のほうがセロトニン受容体を阻害する作用が強く、サイケデリックスの作用を阻害しやすい。抗うつ薬でも古典的な三環系抗うつ薬も同様にサイケデリックスの作用を阻害する。

また、NaSSAであるミルタザピンと非定型抗うつ薬であるトラゾドンは、いずれも5-HT2A受容体阻害薬なのでサイケデリックスの作用を阻害する。トラゾドンの5-HT2A受容体阻害作用は[低用量で]中途覚醒早朝覚醒を防ぐ[*8]

https://www.fpa.or.jp/var/rev0/0008/3679/123118154658.png 抗うつ薬の受容体への作用[*9]

SSRISNRIセロトニン受容体には直接作用しないが、サイケデリックスの作用は弱めるらしい。

「落とし薬」

ベンゾジアゼピンエチルアルコールは脳全体の興奮を抑えるため「落とし薬(trip killer)」として使用されてきたが、上記の非定型抗精神病薬や一部の抗うつ薬は、セロトニン受容体を阻害するという直接的な「落とし薬」になりうる[*10]

とくに5-HT2A受容体を特異的に阻害するkentaserinは古典的サイケデリックスの作用を特異的に抑制する。このことは逆に、古典的サイケデリックスが5-HT2A受容体作動薬として意識変容作用を引き起こしているということの証拠でもある。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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CE2024/03/14 JST 作成
CE2024/03/15 JST 最終更新
蛭川立

サイケデリック文化の独立したパラダイム

サイケデリックルネサンスという言葉が使われているが、ルネサンスという語を科学史的にとらえるなら、復興というよりは、異なるパラダイムが社会的偶然によって結びつけられる、という意味で理解される。

(0)共進化的起源

サイケデリックスは人類の出現よりも前に植物や菌類に含まれていたが、動物に食べられるために進化してきたのかもしれない。

シビレタケ属のキノコは哺乳類ともに進化してきたという仮説がある。たとえばウシがシビレタケの子実体を食べると多幸感を得る、食べられた胞子は別の場所で糞と共に排泄される、排泄物が菌の栄養分になり、あるいはインドール酢酸のような分子は成長ホルモンとして作用するかもしれない。

(1)先住民文化におけるシャーマニズム

クラシック・サイケデリックスはいずれもセロトニンとよく似た分子構造を持っている。これらの物質を含む植物は世界各地に分布しているが、その使用は中南米の先住民社会に偏っている。呪医が自ら薬草を摂取し、患者の病気の原因を探す、という使われ方をすることが多いが、これは患者が薬を飲むという発想とは逆である。

世界の多くの地域で、病気の原因は他者からの呪いや妬みであるという病因論[災因論]がみられるが、たとえばアマゾン川上流域の先住民社会においても、クランデロはアヤワスカを飲み、クライアントが誰に呪われているのかを特定し、防御や反撃の措置を行う。

とくに[実在するとは限らない]妖術師の攻撃というテーマはー社会的平等の実現という社会的機能を果たしているとされるがー精神医学的には、猜疑心や被害妄想に通じるものがある。

これは、精神異常発現薬のモデルに近く、抗うつ薬としてのサイケデリック療法とは連続性がない。

先住民族における精神展開性植物の使用は、ペヨーテがネイティブ・アメリカンアイデンティティーと強く結びつき、逆に外部に対しては閉鎖的になったのに対し、アヤワスカは外部に開かれた。ペルー側ではシピボなど先住民のアヤワスカ文化がグローバル化し、ブラジル側ではブラジル的カトリックの文脈で組織的に発展し、これもグローバル化した。

シロシビンとイボガインは物質としては注目されているが、背景となる文化は注目されていない。

(2)実験精神病・実験美学

ヨーロッパにおいては、ボードレールベンヤミンが比較検討しているように、まずアルコールと阿片の文化があり、そこに大麻が持ち込まれ、さらにメスカリンが持ち込まれた。

精神医学的な研究はLSDの合成をきっかけに盛んになった。まずは統合失調症を引き起こす物質「精神異常発現薬」としての研究が行われたが、統合失調症の陽性症状についてはドーパミン仮説(覚醒剤(刺激薬)精神病や大麻精神病と関係する)、陰性症状についてはグルタミン酸仮説(フェンシクリジン精神病と関係する)が有力になっていった。

(3)対抗文化と東洋志向

サイケデリック」といえば1960〜1970年代におけるカウンター・カルチャーの象徴であったが、これは1970年代における法的規制と、そして対抗文化が、対抗すべき父親世代、エディプス的対象を見失ったことから衰退した。

LSD大麻は西洋における脱・キリスト教、東洋志向をさらに後押しした。とくに日本の禅仏教やチベット仏教アメリカ文化の中で再評価された。トランスパーソナル心理学もこの流れの中にある。

(4)サイケデリックルネサンス

サイケデリックルネサンスは、精神病を引き起こすというパラダイムとは逆に、神経症圏の疾患を治療するという形で勃興してきた。とりわけシロシビンのようなクラシック・サイケデリックスがうつ病の治療に、そしてMDMAのようなエンタクトゲンがPTSDなどのトラウマの治療に使われるのではないか、という方向で発展しつつある。

世界没落体験 Weltuntergangserlebnis

世界没落体験(Weltuntergangserlebnis)は、ドイツ精神病理学の用語。

世界の破滅が間近に迫っている、あるいは終末の後に新しい秩序をが作られる、また、そうした一連の出来事の中で自分が特別な役割を担っているという妄想的観念。統合失調症の初期にあらわれる症状のひとつだが、サイケデリック体験や宗教的世界観の中にも同様の観念が存在する。

妄想と陰謀論について書いた記事の中でも言及した。

hirukawa-archive.hatenablog.jp

個々の単語に分解すると、

Weltは「世界」、

unterは「下」、Gangは「歩み、進行」であり、
Untergangは「下へ・行く」つまり「沈没、没落」という意味になる。

Erlebnisは「経験、体験」である。

つまり、世界が沈没していくような経験、を意味する。木村敏のいう「ante festum」、祭りの前、という「分裂病的な」認知の指向であるが、その切迫感からすると「祭りの直前」というべきか。


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CE2024/02/25 JST 作成
CE2024/02/25 JST 最終更新
蛭川立