蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

導之以政 導之以徳

子曰く、これを導くに政を以ってし、これを斉(ととの)えるに刑を以ってすれば、民免れて恥なし。

これを導くに徳を以ってし、これを斉えるに礼を以ってすれば、恥有りて且つ格(ただ)し


論語』為政第二(三)

ひさしぶりに外出し、ひさしぶりに電車に乗る。病院に行くためである(→「赤門入り難く 鉄門入り易し」)

f:id:hirukawalaboratory:20200522105234p:plain
「小池知事が導く 『死のロードマップ』」(2020年5月、東京)

今日も街は平穏である。外出については「自粛」が「要請」されているだけで、禁止されているわけではない。これが日本の「緊急事態」というものらしい。

言論の自由も制限されておらず、だから政府を批判する報道も公然と行われているが、政治家が陰湿な表情をした写真を公共の場で晒したりと、その批判の方法もまた陰湿であることが少なくない。

f:id:hirukawalaboratory:20200514225351p:plain
習近平が導く 疫病との戦い」(→動画[*1]

中国の「緊急状態」下で街を歩いていたら、制服を着た人に呼び止められて、行き先を訊かれるだろう。病院に行くと答え、それを証明する書類を見せればよい。しかし、抵抗すれば拘束されるだろう。

秦の始皇帝以来、中華帝国韓非子の法家思想にもとづく法治主義によって国を治めてきた。『論語』の中で孔子法治主義を批判している。曰く、法を整備して人民を導き、違法行為には刑罰を科すという政治では、人民は法の網をかいくぐる悪知恵を考えるだろう。だから、徳によって人民を導くべきであり、そうすれば人民は悪事を恥じて行わないだろう。これが儒家徳治主義である。



1949年、坂口安吾睡眠薬依存症になり、東大病院の神経科に入院した。バルビツール酸系睡眠薬は、今はもう使われていないが、毒性が強いらしい。

著名な作家が精神科病院に入院したというものだから、新聞記者とカメラマンが押しかけてきた。もちろん、病棟には入れない。患者を保護するのは病院の仕事だ。

僕はこういう新聞記者の在り方、又、新聞の在り方の方が、常規を逸し、精神病的ではないが、犯罪的なのだ、と判断せざるを得ない。…精神病者というものは、こんなに無礼であったり、動物的であったりはしないものなのである。そして、先程も云う通り、自らの動物性と最も闘い、あるいは闘い破れた者が精神病者であるかも知れないが、自らに課する戒律と他人に対する尊敬を持つものが、精神病者の一特質であることは忘るべきではない。
  
…自らは、ひそかにスクープして発表し、それを得々としている。自ら背徳を行いつゝ、それを他人にのみ責めて、内省することを知らない。精神病者には、こういう内省のなさ、他人への無礼に対して自ら責めることを忘れている者は居ない。だから、もし、精神病患者が異常なものであるとすれば、精神病院の外の世界というものは奇怪なものであり、精神病的ではないが、犯罪的なものなのである。

 
坂口安吾『精神病覚え書』[*2]

精神科病棟の内部にいる人間が、自分は正常であり、外部の人間こそ異常だ、などと言っても説得力がない。

そうではなく、安吾は、精神科病棟の中の世界は異常だと言い、外の世界は奇怪だと言う。内省をしすぎるがゆえに人は異常に苦しむが、内省をしなさすぎるがゆえに人は奇怪になる、というのである。



CE2020/05/22 JST 作成
CE2020/05/25 JST 最終更新
蛭川立

*1:習近平が導く疫病との戦い:大党の責任」『CRI online 日本語』(2020/05/14 JST 最終閲覧)

*2:坂口安吾 (1949/2008).『精神病覚え書青空文庫.