蛭川研究室 断片的覚書

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「烽火連三月」ー赤レンガ通院記ー

この記事は基本的にノンフィクションであり、登場する人物・団体・名称等は実在のものですが、若干の文学的脚色があります。

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、その正確性は保証されていません[*1]。検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。この記事の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。

東京は初夏、うららかな陽気である。

赤レンガのオーブンカフェは閉店していた。

病院の入り口には、海外から帰国してきた人は申請してください、という張り紙がある。黙って通りすぎればわからない。係員の男性に、にこやかに会釈して、病棟に入る。

緊急事態だとか医療崩壊だとかいう、恐ろしげな言葉とは縁遠い、じつに平和な光景である。

患者「営業している店名を晒すとか、陰湿ですよね」
医者「『自粛』というのは嫌な言葉やね。自身の欲望を自身で禁止せよという矛盾した命令」
患者「それがつまり『監獄の誕生』です」
医者「パノプティコンか。前にそんな話したな」
患者「外的な権力作用が内面に組みこまれていく。これが中国なら警察が問答無用で店に踏み込んできて即刻閉店命令。従業員は次亜塩素酸を噴射されますよ」
医者「その方がわかりやすいな」
患者「たいせつな人のいのちを守るためにウチにいよう、とか、何を言っているのか、わからない仕組みになっているのです」
医者「フーコーは偉い人やな。ようわかってはる」

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2020年5月7日、東京大学医学部付属病院

なぜか病院の三階に杜甫の「春望」がある。「烽火連三月」とあるのは、内乱による非常事態宣言が布かれてもう三ヶ月になってしまった、という、杜甫の嘆きである。長安がロックダウンされたままで、家族にも友人にも会えない。杜甫というのは人情に篤い人であったらしい[*2]

傾国の麗人、楊貴妃の色香に溺れて失脚した玄宗皇帝は都を脱出、楊貴妃の実家を頼って蜀、つまり現在の四川省に向かった。

四川省は美人の産地としても知られる。根拠は不詳だが、一説には曇天が多く紫外線指数が低いから、色白の女性が輩出するのだという。日本でいえば秋田美人、といったところだろうか。

雲南省雲南というのは、雲に覆われた四川の南、という意味である。雲南の紫外線指数が高いのは、天候のせいもあり、標高が高いからでもある。

十七年前の疫病のときには、ウイルスは紫外線に弱いから高地へ逃げ延びようと、都を逃れた人々がはるばる雲南を目指して押し寄せてきた。

先手を打って雲南省政府はすぐに省境を閉鎖し、よそ者を追い出した。東夷の倭人である私は雲南を追われ、次亜塩素酸を噴射されながら四川の成都へと逃れた。

恨別鳥驚心。別れを恨んで鳥にも心を驚かす。



CE 2020/05/07 JST 作成
CE 2020/05/31 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:目加田誠(訳註)(1965).「杜甫」『漢詩大系(9)』集英社, 96-97.