蛭川研究室 断片的覚書

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2003年雲南で発熱・2020年東京で発熱

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です[*1]。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。

行きつけの美容院の斜め向かいに、病院がある。

初診はお断りということだったが、三年前、膵臓がんの検査を受けたときの記録があったので、かかりつけ扱いにしてもらえた。

受付で体温計を渡される。腋下で37.1℃。やや高めである。

先生は、以前にお目にかかったときと同じように、軽やかで飄々としていた。後ろの書棚には慶應義塾のロゴが入った同窓会の名簿などが何冊も並んでいる。

下痢、発熱、咳、鼻詰まりなどの症状を説明した。

医者「はい口を開けてください」

私が口を開けると、先生は口の中に平べったい棒を入れて、喉の奥を覗きこんだ。

医者「問題ないですね」

そう言い終えるや否や、先生は腕を降ろして棒を斜め下にひゅっと投げた。唾液が付着した棒はさくっとゴミ箱に入った。スマートなフォームだ。この人は飄々としているが、投げやりではない。

ゴミ箱の中には、すでに同じ棒が二本入っていたから、これで三本目である。小さなゴミ箱には蓋がないから、中身が見える。

医者「問題ないですよ」
患者「喉が痛くて咳が出ていたのですが、もう治ってしまったのです。病院やら保健所やらに問い合わせているうちに、何日もかかってしまって」

私はこの病院にたどり着くまでの紆余曲折を話した。新型コロナウイルス感染症かと疑わしい症状があれば保健所に電話するようにとあったので、まず保健所に電話すると、いま東大病院に罹っているなら東大病院に行ってくださいと言われ、やっと東大病院の主治医と連絡がとれたところが、適当に近所の内科にでも行けば、と言われた。

医者「まあ風邪でしょう」
患者「では下痢は何ですか」
医者「下痢の風邪ですね」
患者「では咳は何ですか」
医者「喉の風邪ですね」
患者「では下痢の風邪と喉の風邪に同時に罹ったのですか」
医者「たまたまでしょうね」

先生は、目をキョロッとさせて、他に何か聞きたいことでもあるの、という顔をした。

(2020年5月16日)

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中国に行くときに買ったテルモ電子体温計C203[*2]をまだ使っている。2003年の香港製で、予測式だが検温に2分もかかる。思い出深い体温計ではあるが、現在、OMRON-MC-652LCを購入し、0.01℃の誤差で較正作業中。

ここ数年で何回か発熱を伴う病気を経験したが、2003年4月と2020年5月の病気は下痢から始まり急な発熱が起こるという症状が似ている。周囲で同種の感染症が流行していなければ深く考えなかっただろうが、今回はどうしても比較考察してしまいたくなってしまう。

2003年4月には緊急状態下の中国、四川省から雲南省へと移動していた。検査をしていないので病名は不明。このころ中国ではSARS-CoVを病原体とするSARSが流行していた。(→「2003年、SARS流行下、中国での調査記録」)

2020年5月には緊急事態下の東京で外出自粛・在宅勤務をしていた。検査をしたいが今のところできないこともあり、病名は不明。現在、世界中でSARS-CoV-2を病原体とするCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が流行している。

中国雲南省少数民族モソ人のダパ(祭司)に疫病平癒の祈祷をしてもらったのが2003年4月23日の昼で、その夜に急な下痢が始まった。そして17年ぶりに撮影した動画を発掘、編集してブログにアップした(→「雲南モソ人の祭司による疫病退散の読経」)のが2020年5月11日の昼で、なぜかその夜にも急な下痢が始まった。意味がありそうでなさそうなシンクロニシティである。

以下は症状の経過。平熱[*3]で症状がない場合は特記せず。

日数 2003年 2020年
-5 04/18 05/06
東京→四川 以下東京
屋台料理
-4 04/19 05/07
屋台料理 東大病院と明大駿河
-3 04/20 05/08
-2 04/21 05/09
四川→雲南  
-1 04/22 05/10
0 04/23 05/11
ダパの祈祷 ダパの祈祷を再生
夜、水様性下痢 夜、水様性下痢
体温上昇、37.3℃以上
1 04/24 05/12
体温上昇、38.0℃以上 体温低下、微熱
頭痛、筋肉痛、息苦しい  
2 04/25 05/13
平熱に戻る。喉の痛み 微熱、喉の痛み
3 04/26 05/14
喉の痛み 平熱に戻る。痰
4 04/27 05/15
息苦しい 軽い咳
5 04/28 05/16
寛解 微熱、内科で診療
6 04/29 05/17
雲南→四川 平熱に戻る
7 04/30 05/18
四川→福岡  
8 05/01 05/19
  食べすぎでむかつき
9 05/02 05/20
  喉の痛み
10 05/02 05/20
  寛解


消化器症状→発熱→呼吸器症状、という推移が共通している。

発病前にさかのぼると、2003年には、4月18日〜19日に四川省成都の屋台で食べた四川料理から何らかの病原体が感染した可能性がある。そもそもSARS-CoV雲南省のコウモリの糞便に由来するとされているが(→「SARS-CoV-2の起源と感染源」)発症したのは雲南省に移動した翌々日である。

2020年5月はずっと自宅軟禁状態で、ただし5月7日だけは本郷の東大病院に行き、ほとんど人の姿を見かけなくなった明治大学駿河台校舎で郵便物を受け取り帰宅した。保健所の人に「この1〜2週間で感染の疑いのある接触はありましたか」と聞かれたが、可能性があるとしたら東大病院ぐらいしかない。

新旧コロナウイルス感染症の場合、若くて健康な場合には発症しないか、軽症で終わることが多いという。急な発熱などの初期症状で終わってしまうので、他の病気と区別するのが難しい。

雲南で最初に下痢をしたときには、まずは食中毒だと思ったし、じっさいにそうだったのかもしれない。息苦しく喉が痛かったが、標高三千メートルの高地でしかも埃っぽかったから、軽い高山病だったのも事実である。

持病の症状とも区別が難しい。出てくる症状として挙げられる倦怠感はいつもの過眠症の症状だし、鼻詰まりは副鼻腔炎の症状でもある。毎年3月から5月にかけてはスギ花粉症になるので、鼻水やくしゃみも出る。

何日も発熱したまま呼吸器症状が進んで重症化した場合、本格的な肺炎になるという。ただし、SARS-CoVよりもSARS-CoV-2のほうが弱毒化しているようで、発熱の基準も38.0℃、37.5℃である。

ふだんなら大して気にしない体調の変化も、感染症が大規模に流行しているという情報を知っていると、ことさら重大なことに思えてきてしまう。SARS-CoVSARS-CoV-2に連続して罹患し[*4]たのだろうか。

抗体検査を受ければ何かわかるのかもしれないが、今はまだ疑わしい軽症で終わってしまった人間まで抗体検査を受けられる体勢が整っていないらしい。東京大学アイソトープ総合センターの「新型コロナウィルスへの血清IgM,IgG抗体の定量的かつ大量測定プロジェクト」に問い合わせたところ、本当に新旧コロナウイルス感染症の両方に罹患して回復したのだとすれば、日本人としては希少なケースなので、すこし時間をかけて慎重に検討させてほしい、という返事を受けとった。

その後は、まだ連絡を受けとっていない。



CE2020/05/13 JST 作成
CE2020/06/01 JST 最終更新
蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:テルモ電子体温計C203」(2007年7月2日作成)

*3:断り書きなしに「体温」といえば腋下で計ったもののことである→「体温の変化と体温の計測

*4:SARS-CoVに対して免疫を持っていればSARS-CoV-2にも罹らない(交差中和)という可能性も指摘されている(吉川康弘蛭川立宛私信(2020年5月20日)。また、Pinto, D., et al. (2020). Cross-neutralization of SARS-CoV-2 by a human monoclonal SARS-CoV antibody. Nature(2020年5月18日現在で印刷準備中)は最新の研究であり、「新型コロナウイルス: SARS-CoV-2中和抗体を, SARS-CoV-1患者由来モノクローナル抗体から発見」に、日本語による解説がある)が、免疫は三年ぐらいしか保たないという研究もあるらしい(長倉克枝 (2020). 「SARS-CoV-2ワクチン接種には、臨床試験開始から18〜24ヶ月はかかる」『人間とテクノロジー』(孫引き))し、それはSARS-CoV-2の場合でも同じことのようである。