蛭川研究室 断片的覚書

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【文献資料】湯川秀樹「荘子」

科学は主としてヨーロッパで発達してきた。広い意味でのギリシャ思想がもとにあって、それを受けついで科学が発達してきたのだといわれている。最近なくなったシュレーディンガー教授の書いたものをみると、ギリシャ思想の影響のないところには、科学の発達はないといっている[*1]。歴史的にはそれは正しいであろう。明治以後の日本をみても、直接ギリシャ思想の影響をどのくらい受けたかは別として、少なくとも間接にはそこから始まってヨーロッパで発達した科学をうけついでいる。

過去から現在までは大体そうなっているのだから、それでいいとしよう。しかし、これからさきのことを考えてみると、何もギリシャの思想だけが科学の発達の母胎となる唯一のものとは限らないだろう。東洋をみると、インドにも古くから、いろいろの思想があった。中国にもあった。中国の古代哲学から、科学は生まれてこなかった。たしかに今まではそうであったかもしれない。しかしこれからさきもそうだときめこむわけにはいかない。

中国の古代の思想家の中で、私が最も興味をもち、好きなのが、老子荘子であることは、中学時代も今もかわらない。

老子の思想は、或る意味で荘子よりも深いことはわかるのだが、老子の文章の正確な内容はなかなかつかめない。言葉もいい廻しもむつかしく、註釈を読んでも釈然としない点が多い。結局、思想の骨組がわかるだけである。

ところが荘子の方は、いろいろ面白い演話があり、一方では痛烈な皮肉を言いながら、他方では雄大な空想を際限なく展開させてゆく。しかもその根底には一貫した深い思想がある。比類のない名文でもある。読む方の頭の働きを刺激し、活発にしてくれるものが非常に多い気がする。前の渾沌の話も、それ自身はべつに小さな世界を相手にしたものではなく、むしろ大宇宙全体を相手にしているつもりであろう。自然界の根本になっている微小な素粒子とか、それに見合う小さなスケールの時間・空間を論したものではないことは明らかである。

ところが、そこにわれわれが物理学を研究して、ようやく到達した、非常に小さな世界の姿がおぼろに出てきているような感じがする。これは単なる偶然とは言いきれない。そう考えてくると、必ずしも科学の発達のもとになりうるのはギリシャ思想だけだともいえないように思う。

老子荘子の思想は、ギリシャ思想とは異質なように見える。しかし、それはそれで一種の徹底した合理主義的な考え方であり、独特の自然哲学として、今日でもなお珍重すべきものをふくんでいると思う。

儒教にせよ、ギリシャ思想にせよ、人間の自律的、自発的な行為に意義を認め、またそれが有効であり、人間の持つ理想を実現する見込があると考えるのに対して、老子荘子は、自然の力は圧倒的に強く、人間の力ではどうにもならない自然の中で、人間はただ右へ左へふり迎されているだけだと考えた。

中学時代にはそういう考えを極端だと思いながらも強く引かれた。高等学校の頃からは、人間は無力だという考え方に我慢がならなくなった。それで相当長い間、老荘思想から遠ざかっていた。しかし私の心の底には、人間にとって不愉快ではあるが、そこに真理がふくまれていることを否定できないのではないかという疑いがいつまでも残った。

老子」には次のような一節がある。

 天地は不仁 万物を以て芻狗と為す
 聖人は不仁 百姓を以て芻狗と為す

芻狗は草で作った犬の人形。祭に使う。祭がすんだら、すててしまう。天地は自然といってもいいだろう。不仁というのは思いやりがないということであろう。老子はこういう簡潔な表現で、言い切る。


 湯川秀樹荘子[*2]

最後に引用されているのは『老子』の第五章である[*3]。かつて私もこの部分で立ち止まって考えるところがあったのだが、最近になって湯川秀樹の随想の中に、同じような戸惑いを発見した。

自然科学の進歩はまた、「コペルニクス的転回」の連続であった。研究が進むほどに、それを研究している人間じしんを、世界の特権的な中心から、辺鄙で無意味な世界に追いやってしまったように思われる。西洋では近代科学の勃興期に、すでにパスカルが、宇宙の大きさに対して人間はあまりに小さすぎ、原子の小ささに対して人間はあまりに大きすぎるという、その奇妙さを吐露している。

中国から西洋のような科学が発展してこなかったのは、ひたすら物質的、具体的な技術を追求してきた漢民族の思考方式によるものかもしれない。しかしその中にあって、老荘の思想は特異な抽象性を持っている。パスカルが、この不安から救われるためには絶対の神を信じるほうに賭けるしかない、と結論に達するのに対し、老荘思想の基本原理たる「道」は、曖昧模糊としてとらえどころのないものであり、信じて救われるような超自然的な存在ではない。

西洋では前世紀の中ごろより、東洋思想と現代科学、とりわけ量子力学との類似性が論じられるようになってきたが、それは西洋のエスノセントリズムに対する反省であると同時に、皮相的なオリエンタリズムの域を出ていない部分も大きい。もはや疑似科学の域にまで達している、という批判もある[*4]

近代日本は西洋文明の輸入に熱心であったあまり、そうしたオリエンタリズムさえ逆輸入してしまっている感もある。遡れば、近世以前の日本は、中華文明の輸入に熱心であった。和魂洋才という言葉もあったが、逆輸入されたオリエンタリズムもさておき、幼少時より漢学の素養を叩き込まれて育った一世代前の日本人科学者の問題提起は、だから、すぐれて現代的な意味を持っているのである。



記述の自己評価 ★★★☆☆
2019/09/14 JST 作成
2019/09/19 JST 最終更新
蛭川立

*1:引用者注:シュレーディンガーは『自然とギリシャ人』の中で、古代ギリシャの原子論の呪縛によって、科学から人間的な意味が失われてしまったと、むしろ否定的に論じている。

*2:湯川秀樹荘子」『湯川秀樹著作集(6)』岩波書店, 26-27.

*3:小川環樹湯川秀樹実弟)訳註(1973).『老子』(中公文庫514)中央公論社, 16-19.は「天地は仁あらず」と読み下しているが、そもそも湯川は幼少時より白文を読まされて育ったという。

*4:ハッサーニ、S. 蛭川立(訳) (2017).「擬似物理学の危険な台頭」『パリティ』2017年6月号, 54-56.(大槻編集長じきじきの依頼で、このような翻訳の仕事をしたこともあるが、このエッセイの中では、『タオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる』や『踊るウー・リー(物理)老師たち』(蛭川私訳)が批判的にとりあげられていた。)