思想としての仏教については学んできたつもりだが、地理的歴史的な背景については、あまり知らなかった。
経典を読んでいると、国の名前、川の名前、村の名前などが出てくるが、書籍には地図がついていないことが多い。二千年ぐらい前のガンジス川の流域だろうというぐらいの大ざっぱな認識でも、だいたいは読めてしまう、ということでもあるのだが。
私事ながら、かつてチェンマイの郊外でお試し出家をした後、僧院での生活が嫌になって、いったんチェンマイの街に降り、看護師さんのお世話になってバザールで食事をして、それからオジを訪ねてバンコクに戻って、滞在中に、江戸川大学の高山先生から招聘の話があり、そして日本に戻り、教壇に立った、という一連の流れは『精神の星座』に書いたことでもあり、書かなかったこともある。
出家生活の安楽さにも触れつつ、しかし食べることや働くことの意義についても考えさせられた。
ひたすらに苦行を極めて悟りの境地に至り、それを誰にも話さなかった行者たちも少なくなかったはずだ。誰かに話をした人の教えだけが伝わる、というのは、観測選択効果のようなものである。
食べ物は食べるのがよいし、女の人に助けられるのもよいし、研究したことを人に話すのもいい、と考えて、それ以上出家の道に戻ることはなかったのだが、すぐれた先駆者は後に続く凡夫のお手本を示してくれているようだ。
ネット上には日本語でも仏教の聖地の地図がアップされているが、史料を読み解くのに重要なのはインドとネパールのような現代の国家ではなく、当時の国々の配置である。インドでは中華帝国のような中央集権的な政治体制ではなく、小王国の分立が続いてきた。
歴史上の仏跡[*1]
1995年ごろには北インドとネパールを訪れ、ブッダガヤーとヴァラナシ・サールナートという二大聖地は訪れたが、それ以外の場所には行っていない。
ヴァラナシはガンジスにおける最大の聖地であるが、インド地域内での思想史にかぎれば、仏教だけが特別なわけではない。(超越性は客観的には証明できないことでもある。)仏教ではその他の宗教思想は外道として論じられているが、ブッダが外道の思想家たちと議論したことも文献には残されているから、どの宗派が正しいというよりは、ひたすら議論し続ながら発展してきたのがインド哲学の重要な特長だとさえ言える。