蛭川研究室 断片的覚書

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仮想看護師テクノロジー

アラームというのは音が鳴るだけで味気ないものである。スマホを使うと、好きな音楽が流せたり、さらには録音された音声を再生することもできる。声優の声を選べるアプリもあるようだ。

「しゃべって起こすよ!アラームさん」は、あらかじめテキストを打ち込んでおくと「おはようございます。起床の時間です」といった台詞を喋ってくれる。アラームは複数の時間に設定することもできる。「もう夜も遅くなりましたから、寝たほうがいいですよ」といった具合に、である。

もっと複雑な文章を準備しておくこともできる。音の高低やしゃべり方の速さも調整できる。しゃべり方は、ややぎこちないが、こういうものは「不気味の谷」の向こう側にいてくれたほうが良いともいえる。

ついつい作業に熱中して時間を忘れてしまうことも多いし、時間がわかっていても、あと30分ぐらい、もう10分、と思っているうちに、2時間も3時間も過ぎてしまうことも、よくある。そういうときに「もう寝る時間ですよ。パソコンやスマホは終わりにしてください。液晶画面から出る光は脳を覚醒させてしまいます」という長めの文章を読み上げてくれるのだから面白い。

しかし、これを使ってみて、残念ながらこのアプリには根本的なバグがあることがわかった。セットしたはずのアラームがなぜか鳴らないことがある。これではアラーム失格である。背景に勝手に音楽が流れるのはしょっちゅうである。そのことは、レビューにも書かれている。

もっとよくできたアプリはないのだろうか。そう思って探してみても、意外に見つからない。

iPhoneであれば、Siriのような対話機能をアラームと組み合わせて使えそうだし、ハードウエア的にはじゅうぶんに可能なはずだ。

たとえば気象データから情報を得て「おはようございます。今日は寒いですね。今朝の最低気温は0度だったそうですよ」「眠いし寒いし、布団から出たくありません」という会話を行うのは技術的には簡単なはずだし、家電製品と連動させれば「寒いですね。暖房をつけましょうか」「お願いします」「温度設定はどうしますか」「最高温度で風量は最強」といった会話を行うのも難しくないはずだ。

あるいは、睡眠計測アプリと組み合わせて、「おはようございます。昨日は寝るのが遅かったですね。気分はどうですか」「眠いです」「眠りも浅かったようですから」といった会話もできるようになるだろう。

もっと積極的に「早く起きてください。今日は9時から会議ですよ。7時52分の電車に乗り遅れると遅刻します」「間に合わないかもしれない」「遅刻するかもしれないと職場にメールを書いておきましょうか」と代筆してくれる機能を持たせることも可能だ。

「どうせ決まったことを形式的に承認するだけの会議なんだから」「では『大変に申し訳ありませんが、体調不良により欠席とさせていただきます』ではどうでしょう」「それで、すぐに山下さん宛に送ってもらえますかね」などと作文してくれる機能も、定型的な文章なら難しくはない。ことに日本語ではこうした婉曲な表現が重要である。星新一が「肩の上の秘書」[*1]で描いた世界は、すでに現実になりつつある。

気づいていないだけで、もう、そういう機能を持ったアプリケーションはあるのかもしれない。

あるいは、今後、開発される日も遠くないだろう。介護や看護の需要は増しているし、いっぽうで働くほうの負担を減らし、それは医療費の削減にもなる。むしろ、AIに奪われなければならない仕事だといえよう。

CE2020/02/24 JST 作成
蛭川立

*1:

ボッコちゃん (新潮文庫)

ボッコちゃん (新潮文庫)

  • 作者:星 新一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1971/05/25
  • メディア: 文庫