蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

サイケデリックスと他の精神科治療薬との相互作用

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

サイケデリックスは抗うつ薬としての効果が認められつつあるが、他の抗うつ薬気分安定薬との相互作用についてはまだよく知られていない。

著者の知るかぎり、サイケデリックスと他の精神活性物質との相互作用にかんする最新のシステマティックレビューは、2023年に発表されたものである[*2]が、まだ情報は不十分である。(読者諸氏の助言を求む。)

気分安定薬

かねてより、界隈ではサイケデリックスとリチウムの組合せは危険だと言われてきた。たとえば「PsychonautWiki」のLSDのページにもリチウムは赤い枠(「禁忌という意味か?)」で囲まれている[*3]

英語で書かれたネット上の体験談の分析によると、LSDやシロシビンをリチウムと併用すると半数がけいれん発作を起こし、それ以外にも多くのバッドトリップを引き起こすが、同じ気分安定薬でもラモトリギンの場合にはほとんど影響がないとされている[*4][*5][*6]。(ラモトリギンはそもそも抗てんかん薬である。)ただし、「発作」や「バッドトリップ」というのはネットに流布している体験談なので、より信頼のおけるデータが必要である。

ラモトリギンとケタミンの相互作用についてはシステマティックレビューがあるが、はっきりした相互作用は認められていない[*7]

抗精神病薬抗うつ薬

定型抗精神病薬よりも、一般に非定型抗精神病薬のほうがセロトニン受容体を阻害する作用が強く、サイケデリックスの作用を阻害しやすい。古典的な三環系抗うつ薬も同様にサイケデリックスの作用を阻害する。

また、NaSSAであるミルタザピンと[非定型]抗うつ薬であるトラゾドンは、いずれも5-HT2A受容体阻害薬なので、5-HT2A受容体作動性サイケデリックスの作用を特異的に阻害する。(トラゾドンの5-HT2A受容体阻害作用は[低用量で]中途覚醒早朝覚醒を防ぐらしい[*8]。)

https://www.fpa.or.jp/var/rev0/0008/3679/123118154658.png 抗うつ薬の受容体への作用[*9]

SSRISNRIセロトニン受容体には直接作用しないが、サイケデリックスの作用は弱めるらしい。研究は進行中らしい。

「落とし薬」

ベンゾジアゼピンエチルアルコールは脳全体の興奮を抑えるため「落とし薬(trip killer)」として使用されてきたが、上記の非定型抗精神病薬や一部の抗うつ薬は、セロトニン受容体を阻害するという直接的な「落とし薬」になりうる[*10]

とくに5-HT2A受容体を特異的に阻害するkentaserinは古典的サイケデリックスの作用を特異的に抑制する。このことは逆に、古典的サイケデリックスが5-HT2A受容体作動薬として意識変容作用を引き起こしているということの証拠にもなっている。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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CE2024/03/14 JST 作成
CE2024/03/20 JST 最終更新
蛭川立

サイケデリック文化の独立したパラダイム

サイケデリックルネサンスという言葉が使われているが、ルネサンスという語を科学史的にとらえるなら、復興というよりは、異なるパラダイムが社会的偶然によって結びつけられる、という意味で理解される。

(0)共進化的起源

サイケデリックスは人類の出現よりも前に植物や菌類に含まれていたが、動物に食べられるために進化してきたのかもしれない。

シビレタケ属のキノコは哺乳類ともに進化してきたという仮説がある。たとえばウシがシビレタケの子実体を食べると多幸感を得る、食べられた胞子は別の場所で糞と共に排泄される、排泄物が菌の栄養分になり、あるいはインドール酢酸のような分子は成長ホルモンとして作用するかもしれない。

(1)先住民文化におけるシャーマニズム

クラシック・サイケデリックスはいずれもセロトニンとよく似た分子構造を持っている。これらの物質を含む植物は世界各地に分布しているが、その使用は中南米の先住民社会に偏っている。呪医が自ら薬草を摂取し、患者の病気の原因を探す、という使われ方をすることが多いが、これは患者が薬を飲むという発想とは逆である。

世界の多くの地域で、病気の原因は他者からの呪いや妬みであるという病因論[災因論]がみられるが、たとえばアマゾン川上流域の先住民社会においても、クランデロはアヤワスカを飲み、クライアントが誰に呪われているのかを特定し、防御や反撃の措置を行う。

とくに[実在するとは限らない]妖術師の攻撃というテーマはー社会的平等の実現という社会的機能を果たしているとされるがー精神医学的には、猜疑心や被害妄想に通じるものがある。

これは、精神異常発現薬のモデルに近く、抗うつ薬としてのサイケデリック療法とは連続性がない。

先住民族における精神展開性植物の使用は、ペヨーテがネイティブ・アメリカンアイデンティティーと強く結びつき、逆に外部に対しては閉鎖的になったのに対し、アヤワスカは外部に開かれた。ペルー側ではシピボなど先住民のアヤワスカ文化がグローバル化し、ブラジル側ではブラジル的カトリックの文脈で組織的に発展し、これもグローバル化した。

シロシビンとイボガインは物質としては注目されているが、背景となる文化は注目されていない。

(2)実験精神病・実験美学

ヨーロッパにおいては、ボードレールベンヤミンが比較検討しているように、まずアルコールと阿片の文化があり、そこに大麻が持ち込まれ、さらにメスカリンが持ち込まれた。

精神医学的な研究はLSDの合成をきっかけに盛んになった。まずは統合失調症を引き起こす物質「精神異常発現薬」としての研究が行われたが、統合失調症の陽性症状についてはドーパミン仮説(覚醒剤(刺激薬)精神病や大麻精神病と関係する)、陰性症状についてはグルタミン酸仮説(フェンシクリジン精神病と関係する)が有力になっていった。

(3)対抗文化と東洋志向

サイケデリック」といえば1960〜1970年代におけるカウンター・カルチャーの象徴であったが、これは1970年代における法的規制と、そして対抗文化が、対抗すべき父親世代、エディプス的対象を見失ったことから衰退した。

LSD大麻は西洋における脱・キリスト教、東洋志向をさらに後押しした。とくに日本の禅仏教やチベット仏教アメリカ文化の中で再評価された。トランスパーソナル心理学もこの流れの中にある。

(4)サイケデリックルネサンス

サイケデリックルネサンスは、精神病を引き起こすというパラダイムとは逆に、神経症圏の疾患を治療するという形で勃興してきた。とりわけシロシビンのようなクラシック・サイケデリックスがうつ病の治療に、そしてMDMAのようなエンタクトゲンがPTSDなどのトラウマの治療に使われるのではないか、という方向で発展しつつある。

動的平衡としての〈双極〉

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人の感想も含まれており、その正確性は保証されていません[*1]

 

マッサージ療法

小一時間ほどマッサージを受けて、立ち上がると、急に身体が軽くなったり、逆に重くなったり、そんなふうに感じたりすることが多い。

そもそも、ふだんの生活では慢性的に体が重い。つねに体重を計っているわけではないので、体感である。身体が思うように動いてくれない、とでもいうべきか。あるいは、身体を動かすのが面倒くさくて仕方がない、とでもいうべきか。

制止と激越

精神と身体という二元論を考えることができる。精神が動くと、身体も動く、あるいは同期して動いているのが〈健常〉な状態である。

うつ病」という病気は、精神が止まってしまう病気だと思っていた。精神が止まっていて、身体も止まっていると、その人は、ただじっとしている。しかし、精神が止まった状態で身体だけが動くと、なにをしていいのかよくわからなくて、意味もなく動き回る、そういう人もいる。激越という言葉が使われる。

精神が動いているのに身体が動かないと、「身体が動いてくれない」といった、身体への懇願という言葉を使いたくなる。鉛様麻痺という言葉もあるが、体重を計っても増えているわけではない。

マッサージを受けている間に、眠ってしまうことが多い。マッサージを受けた後で身体に解放感を感じるのは、身体がほぐれたゆえなのか、深くて短い眠りのゆえなのか。短い眠りの後でスッキリするのは、ナルコレプシーの特徴だともいう。

双極状態

躁鬱病」が「双極性障害」になり、さらに「双極症」になった。もはや、精神疾患という意味合いが消えた。

クレペリンが「早発性痴呆」と「躁鬱病」の二大疾患を分けたときの基準は、症状の内容ではなく、予後であった。あくまでも便宜上、発症すると寛解しない病気と、発症しても寛解する(あるいは繰り返す)病気とに分けたのである。

「双極」は、周期性のある動的平衡状態である。動物が冬眠するのも双極平衡だし、一年生の植物が生長し枯死するのも双極平衡である。

数学的には、t→∞とした先には、発散、収束、振動の三つの状態がありうるが、生命現象は振動、動的平衡状態である。


記述の自己評価 ★★★☆☆
(つねに加筆修正中であり未完成の記事です。記事の後に追記したり、切り取って別の記事にしたり、内容が重複したり、そういう動的な冗長性がハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

世界没落体験 Weltuntergangserlebnis

世界没落体験(Weltuntergangserlebnis)は、ドイツ精神病理学の用語。

世界の破滅が間近に迫っている、あるいは終末の後に新しい秩序をが作られる、また、そうした一連の出来事の中で自分が特別な役割を担っているという妄想的観念。統合失調症の初期にあらわれる症状のひとつだが、サイケデリック体験や宗教的世界観の中にも同様の観念が存在する。

妄想と陰謀論について書いた記事の中でも言及した。

hirukawa-archive.hatenablog.jp

個々の単語に分解すると、

Weltは「世界」、

unterは「下」、Gangは「歩み、進行」であり、
Untergangは「下へ・行く」つまり「沈没、没落」という意味になる。

Erlebnisは「経験、体験」である。

つまり、世界が沈没していくような経験、を意味する。木村敏のいう「ante festum」、祭りの前、という「分裂病的な」認知の指向であるが、その切迫感からすると「祭りの直前」というべきか。


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CE2024/02/25 JST 作成
CE2024/02/25 JST 最終更新
蛭川立

治療という名の復興 ーサイケデリック・ルネサンスー

この記事には医療・医学に関する記述が数多く含まれていますが、個人的感想が多々混じっており、その正確性は保証されていません[*1]。適宜、読み飛ばしてください。

昨秋、つまり2023年の秋から、今年の1月にかけて、持病の過眠と倦怠感が、かなり悪化した。うつ病のような症状に苦しめられた。おまけに1月には新型コロナウイルスにも感染し、熱を出して寝込んでしまった。

この文章を書いているのは2月で、まだ本調子ではないが、だいぶ快復してきた。気温が上がってきたせいかもしれない。

ようやく、自分の病的な体験を、こういう文章を書いて振り返ることができる余裕ができた。

メランコリー親和型抑うつエピソード?

調子を崩している間、大学の仕事で書かなければならない書類や、依頼のあった原稿がほとんど書けなくなり、次々と締切を破ってしまった。未読のメールやメッセージは、日々溜まっていく一方で、読んで返信をするのが、とても面倒で億劫になった。やらなければならない仕事だし、そもそもやりたい仕事をしているのに、どうしても脳が動いてくれない。

締切を破るごとに、書類や原稿の催促のメッセージも増えた。もうメッセージを開封して読むのも嫌になった。というか、読んでも返信できないことに焦り、仕事ができない自分が情けなくなり、それが罪悪感となり、それが更なる焦りとなり、そして自責の念に苛まれるという、病的なネガティブ思考のポジティブフィードバックに落ちてしまったーーと、今になって振り返ることができる。

大学の事務職員さんや出版社の編集者さんからは、あるいは知人や友人からも「具合はいかがですか?」といったねぎらいのメールもいただいたが、そういうメッセージも、認知が歪んでいると「早く書類を書け!」という脅迫的なメタ・メッセージを読み取ってしまう。ただし、その解釈は被害妄想にはならず、自責の妄想を悪化させた。自責は、典型的なうつ病の特徴である。

メールもメッセージも読みたくないし、電話にも出たくないし、そもそ自宅から外出して出て人に会うのも面倒になったし、ついには布団から起き上がるのも嫌になってしまった。最低限の出勤はこなしたが、仕事の多くがリモートになっていたのには、かろうじて助けられた。

慢性的な倦怠感や過眠も体質のようなものだと思っていたが、体調の不良から自責や罪悪感のような精神症状にまで発展するのは、初めて体験した。

精神医学を学ぶ

精神病理学では、この状況を、負い目性(レマネンツ)という(サイト内記事「躁鬱病圏の病跡学」「躁鬱病圏の精神病理学」も参照のこと)。いま自分が抱いている罪悪感という歪んだ認知のループを繰り返しているうちに、消えたい、死ぬしかないという病的な妄想に陥ってしまうだろうというルートが見通せてしまい、怖くなった。しかし、ルートを見通せたからこそ、その方向に落ちていくのを回避できたともいえる。

そういう妄想に入り込まずに済んだのは、今まで学んできた精神医学の知識と、精神科医との対話のおかげだった。

認知行動療法ヴィパッサナー瞑想の技術も、自動思考や反芻思考のフィードバックに気づくのには役に立った。しかし、気づくことと状況を変えることは違う。精神症状には有効かもしれないが、身体疾患にたいしては限界がある。

精神と身体が乖離したような感覚もあった。メールやメッセージは読めるのに、指が動かないので返信が書けない、書類も書けない、という、ちぐはぐで、もどかしい状態が続いた。精神運動制止という症状らしい(ブログ内記事「精神運動制止」も参照のこと)。

文章は書けないけれども、読むことはできる。ということで、ベッドの上に本を積み上げて読んだ。とくにうつ病気分障害について書かれた本を片っ端から斜め読みした。不思議なことに、難しい精神病理学の本を読むことはできたし、抑うつ状態の中での読書は、自分の体験していることと議論されていることを対照させることができたから、本に書かれていることが、ふだんよりももっとよく理解できてしまった。

未解明の神経疾患としての精神疾患

慢性的に悪化したり寛解したりを繰り返す倦怠感が、じつは気分障害躁うつ病のような精神疾患なのではないかと本格的に考え始めたのは、2017年か、2018年のころである。ずいぶんと精神医学について学んだ。

とくに国立精神・神経医療研究センター病院にはお世話になった。最初は患者だったが、今では精神保健研究所で客員研究員も兼任(?)している。いわゆる「当事者研究」である。

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所

そして知ったのは、かりに[内因性の]精神疾患と呼ばれているものは、じつは原因が未解明の神経疾患、つまりは身体の病気であり、その疾患の症状として、精神症状があらわれたり、身体症状が現れたりするのだということである。だから、精神症状がほとんど出ない、もっぱら身体症状が主だといううつ病もあることになる。[内因性の]うつ病は、心の病ではなく、脳の病気だからである。

典型的なうつ病は、今まで興味があったことに興味が持てなくなり、今まで楽しいと思えていたことが楽しいと思えなくなり、何もできない自分に罪悪感を抱くようになり、ついには自分などこの世から消えてしまったほうがいいのだ、という経過を辿り、最悪、死に至る病である。

ホルモンバランスの崩れる更年期の女性に典型的に起こりやすいが、社会的責任が重くなる同世代の男性にも起こりやすい。季節的には、秋から冬にかけて起こることが多い。冬になると冬眠する遺伝子が、うつ病になりやすい人間にも共有されているのだという説もある(今回の不調を「冬眠病」として考察した記事「慢性冬眠病?」も参照のこと)。

今までは、自分にはそういう精神症状がほとんどないので、自分が気分障害という病気だという可能性についても、あまり現実的には考えていなかった。

病的な倦怠感は、何ヶ月かぐらいで悪化したり寛解したりする。調子が悪いときには家からも出たくないし、布団からも出たくないのに、寛解したときには調子がよく、調子が良いときには世界中を飛び回っていたから、まあ、躁うつの気質があるのかなとは思っていたが、それが病気だというほどには、考えていなかった。

京都DMT茶会事件 ー 日本におけるサイケデリックルネサンスのさきがけ ー

2019年に、京都の大学生がサイケデリック[*2]であるDMT(ジメチルトリプタミン)を含む植物をお茶にして服用し、自分の抑うつ自殺念慮を治療してしまった。臨死体験(詳細は「臨死体験」を参照のこと)のような体験をして、逆に自殺念慮を治癒してしまったというのである。

そしてそのソウシジュを大学生に譲渡した筆名、青井硝子さんが麻薬の製造や施用幇助で逮捕されたのが2020年の3月で、京都地裁で裁判が始まったのが6月だった。

この事件を知って驚いた。そしてすぐに京都に行き、初公判を傍聴した。裁判はこの記事を書いている2024年2月の時点でも、まだ続いている(詳細は「京都アヤワスカ茶会裁判 ー アマゾンの薬草が日本で宗教裁判に? ー」を参照のこと)。

サイケデリックスに抗うつ作用があるということは、なんとなくは聞き知っていたが、この裁判の弁護のためにたくさんの資料を調べているうちに、ここ五年ぐらいで急速に抗うつ薬としての研究と、そして実用化が進んでいることを知った(詳細は「サイケデリックスの抗うつ作用」「サイケデリックスによる依存症の改善」(ブログ内記事)を参照のこと)。

自分は、かれこれもう二十年以上前から、中南米の先住民たちが超自然界と交流するために使用している薬草に関心を持って研究してきたが(詳細は「アマゾン先住民シピボのシャーマニズム」を参照のこと)、それがうつ病自殺念慮の治療に使えるものだとは気づいていなかった。

アヤワスカなどのサイケデリックスは、自分でも何度も服用したし、何度も臨死体験のような神秘体験をした。天国のような場所で亡くなった祖母や、天使のようなビジョンを見たこともある。この体験をきっかけにして、心霊研究や超心理学への関心も深まった。

しかし、サイケデリック体験に、抗うつ作用のようなものはとくに感じなかった。それは、中南米としょっちゅう行き来する元気があったころは、自分じしんがうつ病でもなかったし、自殺念慮も持っていなかったからだ、と、今になって、そう思う。

神秘体験から抗うつ薬

1970年代に規制されたサイケデリックスが、うつ病などの精神疾患の治療薬として復活してきたのは、だいたい2015年ごろからである。皮肉なことだが、私じしんが、自分の過眠症や倦怠感が悪化し、海外に調査に行くどころではなくなってしまったのが2017年以降で、さらに緊急事態宣言によって、さらに海外調査どころではなくなったのが2020年以降である。

だから、逆に、この「サイケデリックルネサンス[*3]が起こっていることに気づくのが遅れた。サイケデリックルネサンスが日本にも波及してきたのが2021年ごろからだから、京都の大学生の事件は、いまから思い起こせば、日本におけるサイケデリックルネサンスを先取りしていた事件だったといえる。

そして、持病の悪化と、日本におけるサイケデリックルネサンスが、不思議なことに同期していたのに気づいたのは、じつに昨年、つまり2023年のことである。

一昨年、2022年ごろから、急に仕事が増えた。減らしぎみにしていた大学の仕事を元に戻したということもあるし、サイケデリック研究関係での依頼が急に増えた。大学院生が入学してきた。サイケデリック絵本を書く企画が来た。医学部での治験に協力することになった。映画の監修の手伝いもした。人とのつながりも増えた。ほとんど良いことばかりだったから、心因性うつ病を引き起こすような悪い出来事ではなかった。

「嬉しい悲鳴」という言葉もある。脳に電流が流れすぎて上限を超えた瞬間に「バチン」とブレーカーが落ちたような感じでもあった。出世して昇進した人が同時に重い責任を背負い「昇進うつ病」になるということもあるらしい。

ケタミンからシロシビンへ

昨秋には、ケタミンの治験にも参加することができたが、解離した意識の中で、何百年も前の先祖の世界を見た。その直後には、ずっしりとした身体の重みがあっという間に消えていて、青空を見上げながら爽快に動くことができた。麻酔薬だからなのか、どこか夢を見ているような感覚だったが、強力な神秘体験を経て人生観が変わったというほどではない。むしろ体が重たくて猫背になっていた背筋がすっと伸ばされたような、身体的な爽快感があった。

これだけの効果を感じることができたのは、それだけ症状が悪化していたという証拠でもあった。(もっとも、その爽快感は、二日しか続かなかったのだが。)

うつ状態のときには抗うつ薬SSRI)を服用したが、気分が悪くなったり、良くなりすぎたりで、安定しなかった。単極性のうつではなく双極性のうつを疑い、抗けいれん薬(気分安定薬)を服用したが、効き目も副作用も感じない。これが治療抵抗性うつ状態というものだろうか。しかし、ケタミンは著効であった。

ケタミンの抗うつ作用は短期間しか続かないこともあり、引きつづきシロシビンの臨床試験が始まっているという。

うつ病を悪化させてしまったことで、サイケデリックスの抗うつ作用を実感することができてしまった。

現地調査に行くことができなくなり、何年も遠ざかっていた、シャーマニズムとしてのサイケデリックスの研究と、自分の持病の治療薬としてのサイケデリックスの研究が、共時的に交錯した。体調不良によりあきらめかけていた研究だが、当事者としてまた別の角度から実地研究をすることになった。

サイケデリックス=精神展開薬という不思議な物質たちとの、切っても切れない、不思議なご縁である。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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CE2024/02/24 JST 作文
CE2024/03/07 JST 学術的な内容を加筆修正 蛭川立

*1:免責事項にかんしては「Wikipedia:医療に関する免責事項」に準じています。

*2:サイケデリックス(精神展開薬)についての詳細は「精神展開薬(サイケデリックス)」(ブログ内記事)を参照のこと

*3:サイケデリックルネサンスについては、このブログ内に「サイケデリック・ルネサンス」という雑感も書いた。