サイケデリック・ルネサンスという言葉が使われているが、ルネサンスという語を科学史的にとらえるなら、復興というよりは、異なるパラダイムが社会的偶然によって結びつけられる、という意味で理解される。
(0)共進化的起源
サイケデリックスは人類の出現よりも前に植物や菌類に含まれていたが、動物に食べられるために進化してきたのかもしれない。
シビレタケ属のキノコは哺乳類ともに進化してきたという仮説がある。たとえばウシがシビレタケの子実体を食べると多幸感を得る、食べられた胞子は別の場所で糞と共に排泄される、排泄物が菌の栄養分になり、あるいはインドール酢酸のような分子は成長ホルモンとして作用するかもしれない。
(1)先住民文化におけるシャーマニズム
クラシック・サイケデリックスはいずれもセロトニンとよく似た分子構造を持っている。これらの物質を含む植物は世界各地に分布しているが、その使用は中南米の先住民社会に偏っている。呪医が自ら薬草を摂取し、患者の病気の原因を探す、という使われ方をすることが多いが、これは患者が薬を飲むという発想とは逆である。
世界の多くの地域で、病気の原因は他者からの呪いや妬みであるという病因論[災因論]がみられるが、たとえばアマゾン川上流域の先住民社会においても、クランデロはアヤワスカを飲み、クライアントが誰に呪われているのかを特定し、防御や反撃の措置を行う。
とくに[実在するとは限らない]妖術師の攻撃というテーマはー社会的平等の実現という社会的機能を果たしているとされるがー精神医学的には、猜疑心や被害妄想に通じるものがある。
これは、精神異常発現薬のモデルに近く、抗うつ薬としてのサイケデリック療法とは連続性がない。
先住民族における精神展開性植物の使用は、ペヨーテがネイティブ・アメリカンのアイデンティティーと強く結びつき、逆に外部に対しては閉鎖的になったのに対し、アヤワスカは外部に開かれた。ペルー側ではシピボなど先住民のアヤワスカ文化がグローバル化し、ブラジル側ではブラジル的カトリックの文脈で組織的に発展し、これもグローバル化した。
シロシビンとイボガインは物質としては注目されているが、背景となる文化は注目されていない。
(2)実験精神病・実験美学
ヨーロッパにおいては、ボードレールやベンヤミンが比較検討しているように、まずアルコールと阿片の文化があり、そこに大麻が持ち込まれ、さらにメスカリンが持ち込まれた。
精神医学的な研究はLSDの合成をきっかけに盛んになった。まずは統合失調症を引き起こす物質「精神異常発現薬」としての研究が行われたが、統合失調症の陽性症状についてはドーパミン仮説(覚醒剤(刺激薬)精神病や大麻精神病と関係する)、陰性症状についてはグルタミン酸仮説(フェンシクリジン精神病と関係する)が有力になっていった。
(3)対抗文化と東洋志向
「サイケデリック」といえば1960〜1970年代におけるカウンター・カルチャーの象徴であったが、これは1970年代における法的規制と、そして対抗文化が、対抗すべき父親世代、エディプス的対象を見失ったことから衰退した。
LSDや大麻は西洋における脱・キリスト教、東洋志向をさらに後押しした。とくに日本の禅仏教やチベット仏教がアメリカ文化の中で再評価された。トランスパーソナル心理学もこの流れの中にある。
(4)サイケデリック・ルネサンス
サイケデリック・ルネサンスは、精神病を引き起こすというパラダイムとは逆に、神経症圏の疾患を治療するという形で勃興してきた。とりわけシロシビンのようなクラシック・サイケデリックスがうつ病の治療に、そしてMDMAのようなエンタクトゲンがPTSDなどのトラウマの治療に使われるのではないか、という方向で発展しつつある。