蛭川研究室 断片的覚書

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サイケデリックスと物質誘発性障害

この記事は書きかけです。

臨床研究が進むにつれ、サイケデリックスの副作用についても明らかになってきた[*1]。一過性の頭痛や吐き気、不安は一般的である。体温の上昇、発汗、脱水症状はとくにMDMAで特徴的である。また吐き気と嘔吐はMAOIを含有するアヤワスカに特徴的である。

サイケデリックスの服用による急激な意識状態の変容が、逆に急性不安障害、パニック発作を引き起こすことが多いが、数時間でおさまることが多い。大学生の場合は、服用数時間後に「世界の構造が再帰的」になり「無間地獄」に落ちて戻れなくなるような恐怖を感じたという。自己言及性が無限大に発散するからである。この様子を隣で見ていた友人が救急車を呼んだ。こうした一過性の不安は、事前の知識の有無やセットとセッティングによるところが大きい。

こうした不安発作には、benzodiazepineが有効であるが、選択的5-HT2A受容体拮抗薬がサイケデリック体験を特異的に抑制することも明らかになっている[*2]

また、効果が終わった後に体験が再燃する幻覚性永続性知覚障害 (HPPD)、いわゆるフラッシュバックは10%程度で発生するが、不快な体験は少ない[*3]

「鳥になって空を飛べる」という妄想にとらわれて窓から飛び降りてしまう、といった通説も流布しているが、これは作為体験や憑依現象とは異なるもので、むしろ解放感の体感であろう。佐保田鶴治は、自らのLSD体験にもとづき、これをヨーガ=サーンキヤ哲学の概念によって解釈している。精神が物質の制約を超えると錯覚をするのであって、じっさいには物質世界で肉体が生活しているのだと知る必要がある、と述べている[*4]


HoffmannがLSDの合成を行ったのは1938年のことであったが[*5]、同年には武田長兵衛商店(現、武田薬品)の阿部又三が麦角アルカロイドの研究に着手しており、両者の間には交流があった[*6][*7]

1950年代にはLSD統合失調症を引き起こす物質(精神異常発現薬)と呼ばれ、実験精神病の研究が進められたが、統合失調症の陽性症状・陰性症状ドーパミン仮説・グルタミン酸仮説が有力になるにつれて実験精神病の研究は行われなくなった。このころに日本ではpsychedelicsの訳語として精神展開薬、精神拡張剤という名称がつくられた[*8][*9]

反精神医学や「サイケデリック」がカウンターカルチャーと結びついて大衆化したことの影響も大きく、LSDなどのサイケデリックスは1971年の国際条約で世界的に禁止されることになった。

サイケデリックスが5-HT受容体を通じて実験精神病を引き起こすというセロトニン仮説の研究が進んだが、陽性症状のドーパミン仮説、陰性症状グルタミン酸仮説が有力になった。

アンフェタミン類がD2を通じて陽性障害と、PCPグルタミン酸を通じて陰性障害と通じる、さらにTHCなどのCB1受容体作動薬がD2受容体を通じて間接的に作用するという研究に変わってきた[*10]

各種精神活性物質使用とメンタルヘルス全般について、サイケデリックスだけに負の相関がない[*11]

古典的サイケデリックスが精神病を引き起こすリスクは非常に低く、リスクは統合失調症の遺伝的脆弱性と関係する。MDMAにはアンフェタミン類と似た慢性精神病性状態の小さなリスクがある。PCPは特有の精神病を引き起こし、またケタミンうつ病を改善するのと同時に、健常者に精神病の関係する。大麻は精神病を引き起こす[*12]

ケタミンだけではなく、DXMは致命的な副作用があるが、大うつ病に対する効果が認められている。 Efficacy of dextromethorphan for the treatment of depression: a systematic review of preclinical and clinical trials.2021

古典的サイケデリックスは統合失調症の陽性症状や躁状態と関連し、解離性麻酔薬は統合失調症陰性症状と関連している。

サイケデリックスが統合失調症を発症させる可能性は「大麻精神病」と同様に議論になっているが、統合失調症自体と同様の遺伝的素因に依存している。そのリスクは大麻よりも低く、 アンフェタミン類よりも高い[*13]

アメリカで13万人をランダムサンプリングした研究によると、サイケデリックスの使用体験は14%であり、男性が多く、先住民と白人が多い。また教育水準が高く、収入が高いという一貫性がある[*14]。(これは、大麻使用と教育水準や収入の相関が調査によって一貫していない[*15]のと対照的である。)さらに、サイケデリックスの使用者のほうが、不安傾向が強く、抑うつ傾向は差がなく、希死念慮・自殺企図が少ない[*16]


サイケデリックスの多くは高用量で幻覚・錯覚を引き起こすため、ICD-10やDMS-5ではhallucinogen(幻覚薬・幻覚剤)と呼ばれる。しかし、統合失調症の陽性症状が幻聴を主とするのに対し、サイケデリック体験においては閉眼時の幻視が主であり、神秘的な多幸感をともなうことが多い。被害妄想、誇大妄想、世界没落体験(Weltuntergangserlebins)(宮西照夫)を引き起こす可能性がある。

ユングLSDの使用には反対していた。無意識(psyche-)が意識化される(-delic)ことを支えるために、自我肥大(ego-inflation)、霊的危機(spiritual emergency)が起こってしまうからである。「緊張病」の基底にある自然な自明性の喪失(Verlust der natürlichen Selbstverständlichkeit) が起こることは、木村敏が自らのLSD体験にもとづいて記述しているが[*17][*18]、これは統合失調症陰性症状に類似している。


記述の自己評価 ★★★☆☆ (つねに加筆修正中であり未完成の記事です。しかし、記事の後に追記したり、一部を切り取って別の記事にしたり、その結果内容が重複したり、遺伝情報のように動的に変動しつづけるのがハイパーテキストの特徴であり特長だとも考えています。)


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CE2023/04/05 JST 作成
CE2023/04/05 JST 最終更新
蛭川立

*1:Adverse events in clinical treatments with serotonergic psychedelics and MDMA: A mixed-methods systematic review.

*2:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acschemneuro.2c00170?casa_token=XQEzjoEzOPYAAAAA%3AMODLEbqJh0RW85fZQQrIIyd563428TIbEMsrzSphlORphf-yIUMLHdYGXBZXkvKK_SiuA_22vxvvynTXNQ

*3:Flashback phenomena after administration of LSD and psilocybin in controlled studies with healthy participants.

*4:佐保田鶴治『88歳を生きる―ヨーガとともに』

*5:Hoffman Mine Sorgenkind.

*6:大和谷三郎・阿部又三 (1959).「麦角菌に関する研究(第30報)Elymoclavineといわゆるペプタイド型麦角アルカロイドとの化学的関連性」『日本農芸化学会誌』33(12), 1036-1039.

*7:阿部又三・大和谷三郎・山野藤吾・楠本貢 (1959).「麦角菌に関する研究(第31報)ハマニンニク型麦角菌の培養からPenniclavineおよび1種の新水溶性アルカロイドTriseclavineの分離」『日本農芸化学会誌』33(12), 1039-1043.

*8:藤岡喜愛

P. 108.

*9:加藤清

*10:Drug-induced psychosis: how to avoid star gazing in schizophrenia research by looking at more obvious sources of light. Alessandra Paparelli, Marta Di Forti, Paul D. Morrison and Robin M. Murray

*11:Comparing Mental Health across Distinct Groups of Users of Psychedelics, MDMA, Psychostimulants, and Cannabis.2019.

*12:Substance-Induced Psychoses: An Updated Literature Review., 2021

*13:Alessandra Paparelli, Marta Di Forti, Paul D. Morrison, and Robin M. Murray (2011). Drug-induced psychosis: how to avoid star gazing in schizophrenia research by looking at more obvious sources of light. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 5:1, doi: 10.3389/fnbeh.2011.00001)

*14:https://www.researchgate.net/publication/273154807_Psychedelics_not_linked_to_mental_health_problems_or_suicidal_behavior_A_population_study.

*15:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3867578/

*16:https://www.researchgate.net/publication/273154807_Psychedelics_not_linked_to_mental_health_problems_or_suicidal_behavior_A_population_study.

*17:Wolfgang Blankenburg Der Verlust der natürlichen Selbstverständlichkeit: Ein Beitrag zur Psychopathologie symptomarmer Schizophrenien.

*18:木村敏『精神医学から臨床哲学へ』62.