「治療薬としてのサイケデリックス」(ブログ内記事)から「脱法」サイケデリックスの記事を切り出し、増補加筆。
海外での研究と処方が進む中で、日本では、サイケデリックスや大麻などを一律に「薬物」と見なし忌避する言説は根強く、法的な規制も厳格であり、国民の遵法精神も高い。しかし、そのことが逆に「脱法ドラッグ」の流通を後押ししている。
京都での事件は、インターネット上で情報も薬物も入手できるようになり、自己治療を試みる当事者が精神科医療の現状を追い越してしまったがゆえに起こった事件であった。
欧米で起こっているルネサンスの背景には規制状況下でも一定数の嗜好用使用者がいたという文化的な素地があったから可能になっている。日本では2000年代の初頭にマジック・マッシュルーム(Psilocybe cubensis ミナミシビレタケ)の流行があったが2002年には麻薬原料植物のリストに加えられた。その後、2010年代に起こった脱法ドラッグは大麻が厳罰であるがゆえの合成カンナビノイドの凶悪化であった。
2020年代に入ってから、健康サプリメントとしてのCBDの普及にともない、各種のカンナビノイドによる「脱法ドラッグ」の流通が再燃しているが、とくに「脱法サイケデリックス」については薬物濫用だけでなく、むしろ自己治療という側面から理解されなければならない。
LSDのプロドラッグである1V-LSD(1-バレリル-D-リセルグ酸ジエチルアミド)のような「脱法」LSDアナログがオランダの工場で生産され、Amazon.co.jpなどの一般的な通販サイトで販売されるようになり、後追いでクロマトグラフィーによる鑑定法を確立し[*1]、それを形式的に指定薬物のリストに加えると、また少し分子構造を変えた1D-LSD(1-(1,2-ジメチルシクロブタン-1-カルボニル)-リゼルグ酸ジエチルアミド)が流通する、といった状況が繰り返されている。
京都地裁の判決は、免許を持たない被告人が麻薬指定されているDMTを大学生に譲渡したことを問題視していたが、逆にいえば、医療用サイケデリックスの使用に対して肯定的な判断を下したともいえる。
「脱法」ドラッグの場当たり的な規制は「いたちごっこ」を悪化させ、治療を必要としている当事者から安全な薬を遠ざけてしまう。我が国においても、サイケデリックスを「薬物」一般と混同するような社会的偏見を改め、法規制を適切に見なおし、治療薬としての研究を進めることが必要とされている。
閑話休題。
研究室に所蔵していた、シュレディンガーの『精神と物質』が行方不明。
ハンモックの上で午睡をしているようなうららかさを感じる反面、研究室での資料整理もはかどる。
オランダのLizardLabsが摘発されたのは、アメリカにフェンタニルを輸出しようとしたからだという。
LizardLabsのサイトはオランダのドメインで復活したが、1D-LSDの生産は再開されていない。
オランダのユトレヒトに拠点があるらしいChemical Collectiveは、1D-LSDは生産中止になったので、在庫がなくなり次第、販売も中止するとのことである。
ところが、ドイツのブランケンブルグにあるLSD discountという会社は、1D-LSDだけを専門に販売しつづけているという。
そのいっぽうで、LSDと称して流通している物質には、25i-NBOMeという、フェネチルアミン系の有害な物質が混入しているという可能性も指摘されている。
デフォルトのリンク先ははてなキーワードまたはWikipediaです。詳細は「リンクと引用の指針」をご覧ください。
CE2023/03/31 JST 作成
CE2023/03/31 JST 最終更新
蛭川立
*1:Identification of LSD analogs, 1cP-AL-LAD, 1cP-MIPLA, 1V-LSD and LSZ in sheet products. Rie Tanaka, Maiko Kawamura, Sakumi Mizutani & Ruri Kikura-Hanajiri. Forensic Toxicology, 2023.