蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

茶碗の中の「もやし」

 
高い縁側のような所で、茶の稽古をしている。
 
師匠から茶碗を渡される。黄土色の茶碗。黒い釉薬で、すっと線が引かれている。その中に、なぜか「もやし」が三本入っている。この茶碗で一服点てなさい、というのである。
 
おかしなことだと思いつつ、茶碗に抹茶を入れて茶を点てる。
 
師匠は、その茶に名前をつけなさい、という。
 
なにか、季節を感じさせる、気の利いた名前を言わなければならない。
 
私が戸惑っているのをみて、師匠は、たとえば「深雪」とか、と、回答例を示してくれる。しかし、いまの季節に雪というのはおかしい。
 
頭を上げて見ると、賀茂川の向こうに、北山が見える。冬には雪化粧をするが、いまは新緑で青々としている。もう四月である。では「卯月」というところか。いや、和暦ではまだ弥生かもしれない。
 
けっきょく、うまい名前が思いつかないまま、稽古を終える。
 
同席していた妹弟子と帰路につく。彼女いわく、京都人は、はっきりとはものを言わないが、茶碗に「もやし」を入れるというのは、お前はもう一人前だから、免許を皆伝する、という意味なのだと。
 

 
夢に意味があるかどうかはともかく、意味を考えて納得できればいい。ただ、それは自分では難しいので、だれかに手伝ってもらうのがいい。
 

 
心理士「『もやし』には、どんなイメージがありますか」
患者「『ひ弱』とかですかね」
心理士「でも、種から芽が生えてくるという感じがありますよね」
患者「なるほど、そういうふうにポジティブにも解釈できますね」

二人で話をしながら絵を描く。二人で同時に絵を描く、というのが面白い。

心理士「もやしは一本でしたか」
患者「三本ぐらいでした」
心理士「一本なら、自分じしんの成長という意味もありそうですが」
患者「もやしは食べ物であって、自分じしんという感じはしません」
心理士「自分が使う道具、三種の神器みたいなものかもしれませんね」
患者「三という数字にはなにか意味があるんでしょうか」
心理士「あるかもしれませんね」

いつもと違って紙質がなめらかで、パステルの粉がうまく乗らない。私がうまく描けなかったぶん、先生が上手に「もやし」の絵を描いてくれた。


2018/04/19 JST 作成
蛭川立