蛭川研究室 断片的覚書

私的なメモです。学術的なコンテンツは資料集に移動させます。

『琥珀の夢』

抗うつ薬としてのアヤワスカ

京都のアヤワスカ裁判で弁護士さんから依頼があり、南米の精神展開性薬草儀礼の「専門家」として「治療抵抗性うつ病に対する精神展開性アヤワスカの迅速な抗うつ作用:無作為化プラセボ比較試験」(Rapid antidepressant effects of the psychedelic ayahuasca in treatment-resistant depression: a randomized placebo-controlled trial.)の要旨を和訳し、去年、京都地方裁判所に提出した。

hirukawalaboratory.hatenablog.com
京都アヤワスカ茶会裁判の詳細については上記URLを参照のこと

南米の文化のことはわかるが、医学の分野は専門ではない。日本語に翻訳する過程で、たくさんの疑問点が出てきたが、末尾著者のDráulio B. Araújo先生(脳のイメージングが専門)には、いろいろご教示いただき、Facebookで友達になることができた。
https://www.facebook.com/draulio.dearaujo

この論文は2018年にアクセプトされ、2019年にパブリッシュされた。ブラジルでは、テレビのニュースでも報じられた。

globoplay.globo.com
Chá do Santo Daime reduz sintomas de depressão, aponta USP de Ribeirão Preto(「サント・ダイミ茶がうつ病を改善、サンパウロ大チームが解明」)」

ブラジルでは朝のおはようニュースで、真面目な女子アナさんが、真面目なニュースとして、ダイミ茶の効能について真面目な顔で語っている。サンパウロ大学、通称USPはブラジルのトップ大学である。日本でいえば「東大」といったニュアンスだろうか。そういう大学が、アヤワスカ茶の研究をしている。

ポルトガル語が聴きとれない読者諸兄姉にはGoogle翻訳がお薦めである。動画の音声をスマホのマイクに入れると、音声が文字に変換され、日本語に翻訳される。

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アナウンサーが読み上げるような言葉は翻訳されやすい。

翻訳の後半は意味がとりにくいが、この薬草茶を服用すると、自らの思考のプロセスを、もう一人の自分が観察するような視点が持てるようになる、というのが大意である。DMTという向精神薬の作用でもあるのだが、ヴィパッサナー瞑想認知行動療法と同じメカニズムである。

治験に協力した宗教法人はバルキーニャなのだが、ニュースの中では「サント・ダイミ茶」として紹介されている。バルキーニャと聞いてもよく知らない視聴者も多いだろうが(私もクリチバにいたときにはバルキーニャなど聞いたことがなかった)ダイミといえば、どこかで聞いたことがある、おはようニュースを観ている視聴者なら、それぐらいは聞いたことがあるだろう、という前提が共有されている。

番組内で紹介されている液体は、アヤワスカ茶よりはやや透明であり、プラセボのほうかもしれない。


パラナ州の州都クリチバ

アヤワスカ茶にせよカヴァ茶にせよ、その薬効はともかく、味が日本人の口に合わない、というのは事実である。原料の植物を育てるのには気温が低すぎる。しかし、同様の成分を含む植物は、いたるところにある。法的な扱いも問題である。

琥珀の夢』

日本でもこんな研究はできないだろうか。現状では、既存の大学という枠組みでは、ほとんど無理そうだし、科研費のような助成金もとれそうにない。

その時代には狂気だとされる発想でも、百年後には常識になる。この「やってみなはれ」スピリットを提唱する、サントリー文化財団に「アヤワスカによるアルコール依存症支援療法の文化的背景」というテーマで申請してみるのはどうだろうか。

昨今、研究の世界では短期的な成果が求められ、多分野にまたがる研究や普遍的なテーマへの取り組み、新しいテーマや手法へのチャレンジなど、大胆な冒険がしにくくなっています。このような時代だからこそ、当財団では、大きな志をもった研究活動を応援します。驚きや発見に富み、研究に携わる人をはじめ、人々を知的にわくわくさせるような申請をお待ちしています。
 
本助成は、人文学、社会科学の分野において、従来の「研究」や「学問」を問い直す知的冒険に満ちたグループ研究活動の支援を通して、豊かな<知>の発展に貢献することを目指しています。
 
冒険的で意欲ある研究を求めます。そして、ぜひ率直にその難しさを教えてください。解決の方法が明らかでなくても、課題や困難を乗り越える道筋を描こうとする「試み」を歓迎します。

 
www.suntory.co.jp

サントリー・鳥井商店の「やってみなはれ」スピリットのことは、このスレッドの別の記事(→「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」)に書いた。


www.youtube.com

「日本では無理です」と周囲からは反対されつつも、鳥井信治郞は自ら開発した国産ウヰスキー、グラスの中にゆらめく黄褐色の液体を見つめて「わての琥珀や」と感極まる。これが、ブラジルのニュースで報じられた熱帯雨林アヤワスカ茶と重なって見える。

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治験に使用されたダイミ茶(あるいはそのプラセボかもしれない)
 
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琥珀の夢』は小説だが、モデルになっているのは鳥井信治郞

もし鳥井信治郞が21世紀の大阪に生まれていれば、神戸からブラジルへと船出し、ダイミやUDVの門を叩き、そして日本人の口に合う国産アヤワスカの開発に、男の一生を賭けたかもしれない。


  • CE2021/05/17 JST 作成
  • CE2022/04/09 JST 最終更新

蛭川立