死を目前に宣告されたとき、残された時間で何をなすべきか。
『最高の人生の見つけ方(The Bucket List)』は、誰もが直面しているはずの、しかし先送りしている問いかけにたいする、ひとつの答えをしめす。
『カッコーの巣の上で』では精神科病棟という〈一望監視装置(パノプティコン)〉に隔離されたジャック・ニコルソンは、この映画では大富豪である。お金はいくらでもある。しかし余命は六ヶ月しかないーーでは今、何をなすべきかーー彼はコピ・ルアクを飲む(予告編の冒頭、10秒前後)。「kopi luwak」はインドネシア語で「ジャコウネココーヒー」を意味する。
オンラインショップ『ラジパスストア』[*1]で販売されているコピ・ルアク Arabica Luwak Aceh Gayo
食肉目(ネコ目)ジャコウネコ科の「逆説的に尻尾の長い」マレージャコウネコ(Paradoxurus hermaphroditus: Asian palm civet)にコーヒー豆を与え、その未消化の排泄物を乾燥させたものが「コピ・ルアク」として珍重されている。
「世界で最も高価なコーヒー」とも言われるコピ・ルアクだが、相場は一杯3000円だという。
「こだわりから生まれるくつろぎ時間」
KopiLuwak(神奈川県逗子市)[*2]
Cafe満満堂(コピルアク、コピルアック)
「評価がまっぷたつに割れるお店」Cafe満満堂[*3]
来客にマスクを無料配布しているが、ウイルスの拡散を防ぐためではなく、匂いを保持するためだという
コピ・ルアクの商品開発を進めたのは、アトランタのマルティネスコーヒーである。創設者のジョン・マルティネスは、1995年にイグ・ノーベル栄養学賞を受賞している。
1980年代前半、新たな商品開発に取り組んでいたジョン・マルティネス[*4]
コピ・ルアクは、決して美味ではないらしい。それでも高値で取引されるのは、その味や栄養分のゆえにではなく、その象徴的な意味のゆえに、であろう。
レヴィ=ストロースの言葉を借りれば「《食べるに適している(bon à manger)》のではなく《考えるに適している(bon à penser)》」のである。
この構造主義には根深い根拠がありました。それは、当時のオランダ人が研究の対象としていたインドネシアの社会自体の性格から来ていたのです。つまり、オランダの人類学者たちが最初の構造主義者となったのは、インドネシアの人びと自体がすでにして構造主義者であったからなのでした。
レヴィ=ストロース『構造・神話・労働』[*5]
コピ・ルアクの主要な産地は、インドネシアのスマトラ島やスラウェシ島などである。
マレージャコウネコの生息地(緑が元々の生息地で、赤は新たに飼育されるようになった場所)[*6]
同じジャコウネコ科のハクビシン(Paguma larvata)は熱帯だけではなく華南から日本にいたる暖帯にも生息しており、広東省、広西チワン族自治区、雲南省、安徽省でその肉が食用にされているという。
SARSコロナウイルスの自然宿主はハクビシンではないかという説があったが、その後の研究ではコウモリだということが明らかになった。しかし、コウモリとヒトとの感染を媒介した中間宿主であった可能性は高いとされている。
新型コロナウイルス感染症については、コウモリからヒトへの感染を媒介した中間宿主として、センザンコウのほか、数種の動物が候補に挙がっている。
吉林大学などで行われた研究では、マレージャコウネココロナウイルスの塩基配列がコウモリコロナウイルスと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の両方と類似していることを明らかにしており[*9]、マレージャコウネコが中間宿主としてヒトに新型コロナウイルスを感染させる可能性を示唆している。
補遺
ジョン・マルティネスが1995年にイグ・ノーベル栄養学賞を受賞した件について、イグ・ノーベル賞の公式サイトには、対象となった論文が明記されていない。
しかし「You May Already Be a Wiener」には、Scientific Americanの記事が掲載されており、マルティネスの「Ode to the luak(ルアクに寄せる詩)」が引用されていることから、受賞対象論文は、この「ルアクに寄せる詩」ではないかと思われる。
参考までに、Google翻訳による和訳を載せておく。
末尾が「私たちはあなたのうんちから作られたコーヒーを飲んでいます」という可笑しな文章で終わっているのは、機械翻訳の精度が悪いからではなく、前の文の「scoop」を受け、敢えて「poop」という俗語で韻を踏んでいるためである。
CE2020/05/09 JST 作成
CE2020/05/11 JST 最終更新
蛭川立
*1:「コピ・ルアク Arabica Luwak Aceh Gayo」『RADIPASSTORE』(2020/05/10 JST 最終閲覧)
*2:「KopiLuwak」『ぐるなび』(2020/05/10 JST 最終閲覧)
*3:「満満堂」『Retty』(2020/05/11 JST 最終閲覧)
*4:「EARLY 1990'S COFFEE CUPPING」『J. Martinez & Company』(2020/05/10 JST 最終閲覧)
*5:レヴィ=ストロース, C. 大橋 保夫・三好 郁朗・松本 カヨ子・大橋 寿美子(訳)(2008).『構造・神話・労働ークロード・レヴィ=ストロース日本講演集ー』みすず書房, 33.
構造・神話・労働 【新装版】―クロード・レヴィ=ストロース日本講演集
*6:「Asian palm civet 」(Wikipedia)
*8:[無署名記事](2020).「焦点:感染源は野生動物か、それでも衰えぬ中国の『食欲』」『ニューズウィーク日本語版』(2020/04/08 JST 最終閲覧)
*9:Li,Chun, Yanling Yang, Linzhu Ren (2020). Genetic evolution analysis of 2019 novel coronavirus and coronavirus from other species. Infection, Genetics and Evolution, 82, 1-3.