蛭川研究室 断片的覚書

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職場で寝泊まりするという選択肢もある

17年前の3月には中国で調査をしていて、謎のウイルスと戦っていた。混乱の中にも色々と学ぶところがあった。自宅にこもっていると、なおさら過去の武勇伝ばかりを思い出してしまう。老化のゆえにだろうか。そうは思いたくない。

ふだんは、一人で本や論文を読んだり、パソコンを打ったりすることで、なんとかなる仕事が多い。大量の書物や資料は、研究室に置いてあるから、自宅よりは、研究室で仕事をするほうが都合が良い。逆に、自宅軟禁状態だと、研究室や図書館にある資料が使えなくて困ることもしばしばである。

研究室では長時間過ごすことが多いので、冷凍冷蔵庫と電子レンジと湯沸かし器を設置している。とりあえず食事はなんとかなる。ソファで寝ることもできる。

しかし、夜が更けるのも忘れて思索や執筆に没頭していると、夜の11時には守衛さんがやってきて、建物を施錠するので退出してほしい、と言われる。だから研究室で24時間過ごすことはできない。いまの職場ではそういう規則になっている。守衛さんに悪意はない。規則どおりに任務を遂行しているだけである。

理科系の実験系の研究室では、研究室のメンバーが研究室で寝食を共にするのが普通だったから、そういう生活が懐かしくもある。そこでは研究と生活が一体化している歓びがあった。

もちろん、調査旅行をしているときにも、とりわけ文化人類学的参与観察では、研究と生活は必然的に同じものになる。トラブルが起これば、生活そのものが脅かされてしまうのだが、それぐらい、研究と生活が一体化している。

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外出を控えてばかりでは、仕事に行けなくなってしまうし、社会全体の活動に支障をきたす、というジレンマを、どう解決するか。自宅でできる仕事は、自宅でやろう、というのが、ひとつの答えである。インターネットが普及したおかげで、常時接続で無料の動画通信も簡単にできるようになった。

職場に近接するホテルに寝泊まりするという方法もありうるが、移動中にたくさんの人とすれ違うことになる。都心は宿泊料金も高い。

もうひとつの解決策は、職場で寝泊まりすることだ。これならば、閉鎖生活と社会生活が同時に両立できるから、とても合理的な方策である。

職場で生活するためには、寝る場所、トイレ、お風呂、洗濯機などを確保することが課題である。トイレは不特定多数で共有することもできる。(排泄物が媒介する伝染病の場合には注意が必要である。)

もちろん、日ごろから職場で生活している人たちも多いだろう。同じ大学でも、理科系・実験系ではそうだろう。以前に、すこしだけテレビ局で働いたことがあったが、建物内にカプセルホテルのような設備があった。

職種にもよるが、いつも一人、ないしは少数のメンバーで仕事をしているのであれば、一人暮らしか、たかだか数人の家族と暮らしているのと同じことである。

一人暮らしではない場合、家族とともに暮らせないのが嫌だ、という人もいるだろうし、逆に、四六時中、家族と過ごすのは嫌だ、という人もいるだろう。それは、それぞれの家庭生活の状況次第である。

学校か休みになったことで、自宅にずっと子どもがいることも多くなった。父親が仕事に行き、子どもが学校に行き、主婦が、亭主は元気で留守が良いと思っている、というステレオタイプ生活も減るだろう。家庭内暴力が増加し、しかも逃げ場がない、という問題も起こっている。

職種はさまざまで、自営業で家族が仕事仲間でもある、という人もいるだろうし、農家であればそこが仕事場である。モンゴルの遊牧民や、オーストラリアの先住民の人たちの生活を思い出したりもする。

辺境の地で、バケツに入れた水で体を洗い、洗濯をしながら暮らした日々を、懐かしく思い出したりもする。これもまた、脳の老化のゆえにだろうか。そうは思いたくない。

付記・4月8日付で明治大学職員組合に対し送信した提案

大学内、あるいはその近隣でで寝泊まりできる仕組みができないか、という提案です。
 
教員にとって、もっとも単純な方法は、個人研究室で宿泊することですが、他の方法が可能になれば、教職員の皆さん全体にも有益だろうと考えます。
 
大学に泊まり込んで仕事をするのは、ふだんから理科系、実験系の分野では行われていることです。しかし、私が勤務している駿河台校舎には、そのような仕組みがないため、今までも提案をしてきたのですが、必要としている教員が少数であることから、実現しませんでした。
 
外出を避け、かつ仕事を進めて行くにあたって、在宅勤務の工夫がなされています。しかし、大学にいなければできない仕事もありますし、研究を続けることは大学の社会的責任を果たすことでもあります。一見、通勤自粛の趨勢に逆行するようですが、どうしても二日以上の勤務が必要な場合に、通勤中に不特定多数の人々との接触する時間を減らすことができます。
 
私じしんは、施設を使った実験研究はしていません。しかし、研究に必要な書籍等の資料の多くを研究室に置いてあるため、一ヶ月以上も研究室に行かないのであれば研究が進められません。研究室でもインターネットを使った授業や会議には参加できます。
 
研究室では一人ですから、自宅にいるよりも他人から隔離されています。なんとか寝ることはできますし、簡単な食料の調達もできます。トイレは共用ですが、排泄物を経由した感染は大きな問題ではないでしょう。短期であれば入浴は必須ではありませんが、構内にスポーツ用のシャワーがあると聞いたことがあります。
 
大学での業務とは直接関係がありませんが、在宅勤務の増加により、家庭内暴力の増加も懸念されており、避難所の拡充が求められているとも聞きます。
 
しかし、このことにより職員の勤務時間が無用に長くなってはいけません。まず、守衛さんの深夜勤務が増えるのが問題です。しかし、入構制限を行って出入り口の数を減らせば、同時に必要な守衛の人数は、むしろ減らせるかもしれない、と伺いました。
 
追記でありますが、私はSARSの流行が始まったときには中国の四川大学におりました。大学はすぐに出入り口を閉めて、発熱者は入れない、等の入構制限を行いました。私はしばらくの間、構内で暮らしました。キャンパスは広く、構内に宿泊できる場所があり、かつ使用者が減ったために可能になったことだとは思います。

CE2020/03/29 JST 作成
CE2020/04/08 JST 最終更新
蛭川立