蛭川研究室 断片的覚書

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操作主義

操作主義(operationalism)の概念は1920年にキャンベルの『物理学』[*1]の中ではじめて言及され、1927年に出版されたブリッジマンの『現代物理学の基礎』[*2]に至って明確に定義されたとされる。

相対性理論の出現が、こうした科学哲学的反省を促した。特殊相対性理論は1905年、一般相対性理論は1915年である。

相対性理論では、ニュートン力学のように、長さや時間のような概念を絶対的な実在とは見なさず、それがどのように測定されるのかという「操作」によってしか定義できないと考える。

たとえば「重力質量」は、物体を量りに乗せるという操作によって得られた数値のことである、と、操作的に定義される。「慣性質量」とは、物体に力を加えたときに、どれぐらいの速さで動くか(正確には、動きにくさ)によって示される数値のことである、と、操作的に定義される。

重力質量と慣性質量は、異なる操作によって定義された概念であるにもかかわらず、それらは(実験的な誤差の範囲内で)つねに同じ値を示す。それならば、重力質量と慣性質量を同じものとして見なした場合、つまり等価原理という公理を採用し、かつ、任意の観測者から見た世界は同じに見えるという公理(一般相対性原理)の、二つの公理を組み合わせることから、どのような物理法則が演繹されるか、それが一般相対性理論である。

一般相対性理論は、重力質量と慣性質量が同じ値を示すのは、その背後に「質量」という共通の実在があるからだ、とは考えない。そうではなく、重力質量と慣性質量の区別ができないことから、この二つの数値が同じものだと見なしたとき、どういう物理法則が導かれるのかということだけを問題にしている。

心理学における操作主義

「知能」を測るときには、「知能検査」を行う。それに対して、知能検査で本当に知能が測れるのだろうか、あるいは、知能検査では測れない知能もあるのではないか、という批判がある。しかし、「知能」とは「知能検査」という操作を行ったときの数値であると定義する、と操作的に定義した場合、こうした批判は無意味になる。

WAISのような知能検査では、当然、実施する人や状況によって数字は変わってくる。そこで、誰がどんな状況で行っても同じ値になる(信頼性: reliability)という正確さが求められる。いっぽう、知能検査で測定された数値が、本当に知能というモノを測っているのかという正確さを、妥当性(validity)という。

操作主義では、信頼性だけを問題にして、最初から妥当性を考慮しない。もし、妥当性について議論しはじめれば、それは操作主義ではなくなるのだが、心理学においては、しばしばこうした混乱がみとめられる。



CE2019/05/09 JST 作成
CE2020/03/24 JST 最終更新
蛭川立

*1:Campbell, N. R. (1920). Physics: The Elements. Cambridge University Press.

*2:Bridgman, P. W. (1927 reprinted in 1958). The Logic of Modern Physics. Macmillan.

The Logic of Modern Physics (Classic Reprint)

The Logic of Modern Physics (Classic Reprint)

  • 作者:Bridgman, P W
  • 発売日: 2018/10/02
  • メディア: ペーパーバック